第五十五話 やっぱり嫌われてなかった?
「そんなバカな……」
葉月さんにフラれただと? 何かの間違いではと夜中もずっとうなされて眠ることが出来なかった。
俺、そんなに彼女が嫌がることをしていたか? 葉月さんの為だけを考えてきたつもりだったし、夏休みの予定だって色々と立てていたのに。
元々、キツイ人だったのかと思ったけど、あそこまで露骨に女子に言われたのは初めてだったので、ショックはデカイ。
里美だって、あそこまでじゃなかったんだが……ああ、でもあいつは浮気をしたから論外だけど。
「くそ、もうバイトの時間か」
何て部屋で悶々としているとバイトの時間になってしまい、急いで支度をする。
休んじゃおうかな……てか、バイトを始めた動機は葉月さんにプレゼントをするためだったので、もしフラれたってのが本当なら、バイトを続ける理由がなくなってしまうんだが……まあ、シフトも入っているし、後で考えようそれは。
「ありがとうございましたー」
眠い目を擦りながらも、コンビニでのアルバイトをどうにかこなしていく。
あれから三日経過したが、葉月さんからは何の連絡もなく、俺の方も葉月さんに何か言うのが怖くて、音沙汰がない状態が続いた。
本当に関係が終わってしまったのか……葉月さんに嫌われるような事をした覚えはないんだが、あそこまで俺の事を気持ち悪いとかクソムシだなんて言うなんて。
葉月さんの事がショックだったが、それを忘れるようにバイトに打ち込み、あっという間に上がりの時間になったのであった。
「お疲れ様です」
バイトが終わり、店の裏口を出る。
今日も疲れたな……暑いし、帰ったらすぐに寝るか。いや、夏休みの宿題もあるから、やらんと。
「はーい、クソムシ」
「え? は、葉月さん?」
トボトボと歩いていくと、何と葉月さんが電柱の陰からひょっこり現れて声をかけてきた。
「何の用で……ぐえっ!」
一体、何をしに来たのかと聞こうとした瞬間、葉月さんが俺に蹴りを食らわし、
「あんた、やっぱり馬鹿よね。この三日間、私にLINEの一つも寄こさないなんて、何様のつもりなのよ」
「ら、LINEの一つも寄こさないって、葉月さんが俺に付き纏うなって……」
「都合の良い所だけ切り取って、言う通りにすんじゃねえよ。だったら、死ねよ、マジで。クソムシは私の彼氏を自称してるんだから、私を楽しませて、尽くす義務があるのよ、わかる?」
ええ? 葉月さんに尽くす義務って……でも、俺の事を彼氏って言ってくれているって事は、まだ愛想を尽かされたわけじゃないってこと?
「あ、ああ。そうだったんですね。それは、すみませんでした。あんなキツイ言い方されちゃったんで、もう別れろって事なのかと」
「私がいつ別れろって言ったのよ。クソムシはやっぱりクソムシ並みの低能よねえ。てか、馬鹿なのよね、あんた」
もう慣れてしまったが、自分の彼氏をここまでこき下ろす女性も葉月さん以外は居なさそうな感じだな。
「それでは、どうしろってんですか?」
「私を楽しませたいなら、そうしろよ」
「で、ですから、どうすれば葉月さんが楽しんでくれるのかなって……」
「あんたの嫌がっている顔とか見るの楽しいから、もっと見せろって言ってるのよ。難しい事を言ってないでしょう」
「俺の嫌がる顔を見て、何か楽しいんですかね」
「しょぼくれた顔を見るのが楽しいのよねえ。そのくらいしか、クソムシの価値なんかねえでしょう。なら、私に死ぬまで、嫌、死んでも尽くせよ」
俺の足を踏みながら、葉月さんが無茶な事を言ってくるが、どうやら本当に愛想を尽かされた訳ではないみたいだ。
「わかりました、すみません。でも、葉月さんもちょっと言い方がキツイと言いますか……俺が、葉月さんに死ねとかクソムシとか言ったら、怒りますよね?」
「当り前じゃない。そんな事言ったら、マジでぶっ殺してやるところよ。あんたは私の嫌がることするな。私はしても良い。それを交際の条件にしてやるわよ。嫌なら……」
「わかりました。良いですよ、それで」
言っていることが傍若無人なんてレベルじゃないが、とにかくまだ葉月さんには愛想を尽かされてはいなかったことは確定したので、ホッとする。
とはいえ、付き合っていくのが難しい女性だな……普通の男だと、こんなの絶対に付いていけないだろう。
俺は普通じゃないんだろうな。
「それじゃ、今度デートしましょうよ。夏休みなんですから」
「嫌だ」
「俺と付き合っているんでしょう。暑いのが嫌なら夜中でも屋内の涼しい所でもいいですから。ほら、ここの遊園地とかどうです? 夜中にライブイベントがあるって書いてありますから」
「クソムシと並んで歩くの嫌なのよね。明らかに私に釣り合ってないし、態度もキモイし」
「それは慣れてくださいよ。俺、葉月さんとデートしたいんですって。デートしてくれないと、マジで家まで追いかけますよ。いいんですか?」
「ストーカーみたいな事をするんじゃないわよ。わかったわよ、その代わり、デート代は全部あんたもちな。私の手を煩わせるんだから、そのくらい当然ね」
おお、デートも結局はしてくれるのか。
やっぱり葉月さんに俺は愛されているんだなー。本当に嫌いなら、こんな態度は取らないはずだ。
「よかったです。何処が良いですか?」
「渋谷」
「はい? 渋谷ですか?」
「そう。文句ある?」
「行きましょう。渋谷、良いですね。葉月さんにピッタリだ」
この前も行った気がするが、葉月さんとデートできるなら、もう南極だって構わないわ。
「それでいつ行きます? 葉月さんの予定に合わせますよ」
「明日」
明日ね。うん、明日ならバイトもないし、全然かまわないぞ。
「いやー、嬉しいですね。葉月さんが俺とデートしてくれるってだけで、もう楽しみでしょうがないです。いっそホテルまで行きますか?」
「そういう言動がキモイって言っているのよ。ったく、遅れるんじゃないわよ」
葉月さんに愛想を尽かされたと思っていたが、そうではなかったので、すっかり浮かれた気分になりながら、家路に着く。
気持ち悪いとかクソムシとか言われない様に、ビシっと決めないとな。
翌日――
「葉月さん、まだかなー?」
待ち合わせ場所の駅前に行き、葉月さんを待つが、約束の時間になろうってのに、まだ来ない。
まあ、ちょっとの遅刻くらいで、怒る気もないんだが、遅れるのであればメールで一言連絡してくれると嬉しいなって思ったり。
「来ないな……」
時間を過ぎたが、まだ来ない。葉月さんにLINEを送るが、既読も付かないので、まさか何かあったのか?
「ごめんなさーい、待ったー?」
「あ、葉月さん。遅いですよ、五分遅刻……」
「そのくらいで、文句言うんじゃねえよ、クソムシ。こっちは付き合ってやってるのよ。五分くらいの遅刻で文句を言うんじゃないわよ」
「は、はい。失礼しました。では、行きましょう」
「着きました。おお、人が多いですねー」
二人で電車に乗り渋谷に着くと、相変わらずの凄い人ごみで圧倒されてしまいそうだ。
「葉月さん、渋谷好きなんですか?」
「よく遊びには来るけど、クソムシと並んで歩くのやっぱり恥ずかしいわね」
「はは、そりゃどうも。じゃ、何処に行きましょうか」
「行きたい場所があるの。こっち来て」
「はい」
何処に行くのかなーって思いながら、葉月さんの後に付いて行く。
きっとお洒落なブランド店とか行くんだろうけど、マネーが持つだろうか、それだけが心配だ。
ブランド品をプレゼントできるくらいの金がない事くらいは流石にわかって欲しいなって思ったり。




