第五十一話 葉月さんには愛されていると思い込む
「それより、クソムシ。いつまで、家に居る気?」
「え? ああ、そうですね……」
英樹が家を出てしまった後、葉月さんは呆然としている俺にそう訊くが、どうしよう?
あんなシーンを見せられたら、正直、葉月さんと二人きりの状況を楽しむ心境にはなれないが、ただで帰るのもアレなので、
「葉月さん、やっぱり今度の日曜日、デートしましょうよ」
「しつこいクソムシね。あんたごときが、軽々しくデートできる相手じゃねえの、私は?」
「い、今まで何度もしてきたじゃないですか。どうして今になって、嫌がるんです?」
「うるせえ、クソムシねえ。私が気分が乗らないからって言っているでしょうが。てめえみたいな、キモイ男と並んで歩くの恥ずかしいの」
き、キモイって、何処が気持ち悪いんだ?
折角、バイトも葉月さんに少しは貢げる状態になったと言うのに、こんなにつれない態度を取るとは。
「と、とにかく俺は葉月さんとデートしたいんですよ。夏なんですし、プールとかどうです? 葉月さんの水着姿とか見たいですうう」
「こら、いきなり抱きつくんじゃないわよ!」
俺にそっぽを向いたまま、部屋に戻ろうとした葉月さんに後ろから抱きついて、頬擦りしながら、必死にデートに誘う。
「クソムシ彼氏からの一生のお願いです! デートしましょうよ」
「だああああっ! そういう所がキモイって言っているのよ! わかったわよ。クソムシとデートしてやるから、離れな」
「あ、ありがとうございます!」
確かにこれは気持ち悪いかもしれないが、こうやって拝み倒せば、葉月さんも折れてくれる辺り、まだ嫌われている訳ではないはず。
そうだよ、俺は本当は葉月さんに愛されているんだ。
今はその愛を葉月さんに試されてるだけなんだから、ここでヘタれる必要はない。
「いやー、楽しみですね。葉月さんのナイスバディーを拝みたいですよ。あ、何なら今、見せてくれても構わないんですけど」
「ふん、あんたみたいなクソムシが見れるような安い物じゃないのよ。こんなバカで汚わらしい、クソムシが私の肌を見たら、それだけで肌が荒れそうだわ」
相変わらず酷い言い回しだが、そんなのと付き合っている葉月さんだって、相当な物好きじゃないか。
しかし、スタイルは良いな葉月さん。モデルをやっているだけの事はあるね。
「きゃっ! てめえ、また勝手に胸を触りやがって」
「いいじゃないですか。付き合っているんですし、葉月さんの方からもホテルに連れ込んできたじゃないですか」
後ろからまたおっぱいを揉んでみると、葉月さんも顔を真っ赤にして、睨みつけるが、今更嫌がるのもおかしいんじゃないか?
てか、もうこのままやってしまっても良いのでは?
葉月さんの白く手入れされた太腿とか見たら、もうね。ムラムラしてくるんですよ。
「へえ、あんたも今頃、そういう事を言ってきたんだ」
「そうですよー。すみません、この前はヘタれてしまって。んー、じゃあ、キスしましょうか」
「いいわよ。じゃあ、目を瞑りな」
「おっ! いいですね」
キスをおねだりすると、葉月さんが目を瞑れと言うので、おとなしく瞑る。
ふふ、やっぱり俺の事が好きで仕方ないんだ、葉月さんは。
「じゃあ、行くわよー」
バチンっ!
「いたっ! な、何をするんですか!?」
目を瞑ると、いきなり葉月さんがビンタしてきたので、目を開けると、葉月さんもニヤニヤと俺を見下すような笑みで、
「はは、あんたみたいなエロムシにキスなんか百万年早いわよ」
「そ、そんな……前はしてくれませんでした?」
「前は前。今は今なの。てめえが、こんなに気持ち悪いクソムシだとは思いもしなかったからね」
「う……そんなー、せめてエロムシにランクアップさせてくださいよー」
「きゃあっ! いちいち、抱きつくんじゃないわよ、このエロムシがっ!」
葉月さんの胸に顔を埋めながら、甘えるようにそう言うと、彼女も俺の頭をバンっと叩きながら、振り払おうとするが、懸命にしがみつき、葉月さんに強くハグしていく。
ふふ、エロムシでもクソムシでも、俺みたいなのと付き合えって言ったのは葉月さんの方なんだからな。
口は悪いけど、面倒見は良くて、実は俺の事も真剣に思ってくれているに違いないのだ。
「ほら、帰れよ。鬱陶しいのよ、いい加減」
「じゃあ、キスしてください。キスしたら帰ります」
「ちっ、うぜえ、クソムシよね。ほら、これで我慢しな」
と面倒くさそうな顔をしながらも、俺の頬に軽くキスをする。
うーん、今はこれで満足だ。
「最愛の彼女からのキスってだけで、もう元気百倍ですね」
「こんなエロムシごときに、キスしなきゃならないなんて、私も災難だわ。とにかく、日曜日ね。遅れるんじゃないわよ」
「葉月さんこそ……いてっ!」
この前は葉月さんが遅刻したので、ちゃんと時間通りに来るように言おうとすると、葉月さんがすかさず俺の頭にチョップをかまし、
「偉そうに指図するんじゃないわよ。私がいつ来ようが勝手。でも、クソムシは遅れるな」
「わ、わかりました」
何とも理不尽な言い分だが、今はこれで我慢するか。
「それじゃ、俺はこれで。あ、その……弟さんのこと、大丈夫ですかね?」
「あいつの事なんか、気になるんだ」
「気になると言うか、さっきは結構ヤバイ雰囲気だったので……」
今にも殴り合いが始まりそうな雰囲気だったので、あれ以上の事が起きないか心配になったが、
「別にいつもの事だし。全く、あんな暴力的なクズ男に育ちやがって。誰に似たのよ、本当に」
「はは……何かあったら、言ってくださいね」
誰に似たも何も、どう考えても葉月さんに似たんだろうと突っ込みたくなったが、二人の様子を見ると本当に心配になる。
血を見なきゃ良いけど、帰った後も葉月さんからのLINEにいつもと変わりはなかったので、大丈夫だったのだろう。
正直、葉月さんの家庭事情にどこまで足を突っ込んで良いかわからないけど、もうちょっと仲良くしても良いんじゃないかなって思ったり。
せめて、変な事件は起こさないでくれよ。
そして日曜日――
「うう、暑い……葉月さん、まだかなー。あ、来た」
待ち合わせ場所に駅前のロータリーで葉月さんを待っていると、葉月さんは白い帽子にサングラス、キャミソールにジーンズ、更にアクセサリーを付けた実に決まった格好で俺の元にやってきた。
「時間通りじゃないですか。いやー、今日も葉月さん、お美しいですね」
「私が美しいのはいつもの事だろうが。てか、その格好は何よ。Tシャツにだせーズボン履きやがって」
「え? 結構、格好いいのを選んだつもりなんですけど、駄目でした?」
結構、流行りのサマージーンズを選んだつもりだったんだが……葉月さんのお気に召さなかったようだ。
「本当、ファッションセンスもクソレベルよね、あんた。クソムシの名前に相応しいわ」
「う……じゃあ、葉月さんが俺の服を見繕ってくれませんか? 今日、水着を見に行く約束ですから、ついでに……いてっ!」
「何でクソムシごときの服なんぞ、私が見ないといけないのよ。クソが何を着ようが、インスタ映えするわけねえだろ」
「そ、そんな~~……でも、葉月さんに少しでも釣り合うよう、努力したいんですって。ほら、行きましょう」
「あ、勝手に手を繋ぐんじゃないわよ」
葉月さんの手を繋ぎ、ショッピングモールの中へと引っ張っていく。
今日もご機嫌斜めのようだが、とにかく久しぶりの葉月さんとのデートだ。
ここで一気に葉月さんの好感度を上げて、楽しい夏休みを過ごせるようにしないとな。




