第五十二話 終始ご機嫌斜めな彼女
「ささ。何処にまいりましょうか、葉月さん」
「こんな暑い中、外を出歩きたくない。日焼けして、肌が傷んだら、どう責任取る気よ?」
「え? はは、すみません。でも、日焼け止め塗ってるんですよね?」
「当り前じゃない。日焼けで肌が荒れたら、モデル業務に支障が出るんだし。ったく、クソムシのワガママに付き合ってやっているんだから、感謝しなさいよね」
「そ、それはどうも。もう、感謝感激のあまり、涙が出ますわ」
日焼け止めを塗ってまで、俺とデートしてくれるんだから、やっぱり良い人なんだよな。
口はちょっとばかりキツイけど、これも愛情の裏返しと思えば、もう苦ではなくなってきた。
「本当に感謝しているのかしら? そうだ、今度からは、あんたに日焼け止め代を請求してやろうかしら。そのくらいしてもらわないと、ウチも付き合うメリットねえし」
「そうですね! 日焼け止め代くらいなら、お安い御用ですよ。葉月さんみたいなお美しい女性の肌を荒らすなんて、人類の損失ですもんね!」
葉月さんとデートできるなら、日焼け止め代の肩代わりくらいお安い物だろう、うん。
とにかく彼女のご機嫌を直してもらうように、全力を尽くさないと。
「半分冗談で言ったつもりだったんだけど、そこまで言うなら、クソムシに肩代わりさせてやるわ。付いてきなさい。ちょうど新しいのを買おうと思った所だから」
「わかりました」
半分ってことは、結構マジで払わせるつもりだったみたいだが、日焼け止め代をケチって、真夏に葉月さんとデートできなくなるなんて馬鹿みたいだもんな。
「ほう。クソムシにしちゃ、物分かりがいいわね。付いてきなさい。ここで買っている日焼け止め、使っているの」
どうやら、俺に日焼け止めを買わせるために、葉月さんは俺をショッピングモールの化粧品売り場へと連れていく。
何だか葉月さんに貢ぐのが、仕事になっているみたいだが、最悪、彼女と付き合えるならそれでも構わないか。
「ほら、これが今、使っている日焼け止め」
「へえ……値段は……」
二千五百円。うーん、出せないことはないが、思ったより高いな。
「クソムシとデートするごとにこれを使わないといけないから、買いこまないとねー」
「わかりました。買いましょう!」
このくらいをケチって、デートできなくなるくらいなら、俺が買った方が遥かにコスパが良いだろうし、何より彼氏らしい事をしたいのだ。
「ありがとうございました」
「どうぞ」
「ふん。ほら、行くわよ」
葉月さんに放送された日焼け止めを渡すと、葉月さんはお礼も言わずに、憮然とした顔をして、それを受け取り、持っていたバッグに入れる。
こういう不機嫌な態度も可愛らしいなあ。もうツンデレの典型じゃん。
「それでは何処に行きましょうか。あ、葉月さんの水着、見たいですね」
「クソムシって、そういうエロ願望を平気で口にする時点で、本当にクソみたいな性格しているわよね。マジでキモくて、うぜえんだけど」
「ははは、そりゃ葉月さんみたいなナイスバディーの女性の水着はみたいに決まっているじゃないですか。写真に撮って永久保存しておきますので、見せてくださいよ」
「私をそうやって、笑わせようとしているのかしら? 面白くないって言うか、あまりの気持ち悪さに鳥肌が立ちそうなんだけど」
そんなに気持ち悪い発言なのか、今のは?
ま、そんな気持ち悪い男と付き合っているって時点で、葉月さんもアレなんだけど、こんな美人と付き合えるなら、気持ち悪いと思われるくらい、安いものだよ。
(むしろ、何か優越感を感じちゃうな)
葉月さんもこんな男を好きになってくれているんだから、キモくてさえない男と超美人のモデルの彼女って図式な訳で、金星でも挙げた気分だ。
「お願いしますよー。葉月さんの水着が見れないと、俺は死んでも死に切れません」
「じゃあ、死ねよ」
「だ、だから……」
「てめえみたいな、クソムシが見れるほど、安くないって言ったでしょうが」
「じゃあ、いくら払えば見せてくれます」
「一千万円、今すぐ払え」
そうやって、無理難題を吹っ掛けてきて、俺を困らせるのも可愛いところあるな。
でも結局は折れるんだろ? わかっているんだよ、葉月さんが実は気前がいい事をさ。
「ほら、払いなさいよ。水着見たいんでしょう」
「千円を前金でどうですか? いでっ!」
「んなはした金で、誤魔化すんじゃないわよ! あんた、本当にクソな上に馬鹿で、どうしようもないクソムシ男ね!」
千円札を出したら、そっこうで葉月さんに足を蹴られて、その場で蹲る。
くそ、千円以上は出せないって。これから、葉月さんの昼食代やどっか、遊びに行くお金も残しておかないといけないんだからさ。
「わかりました。出世払いでどうですか? 俺が働くようになったら、マンションを買いましょう。二人の愛の巣を」
「全く、ああいえば、こういう……クソムシの口をマジで二度と叩けない様に出来ないのかしらね。わかったわよ。ほら、来な。夏の新しい水着を買おうとしたところだから、取り敢えず、見てもらう」
「ありがとうございます!」
ほら、見ろ。こうやって折れてくれるんだ。
拝み倒せば俺の言う事を聞いてくれるんだよ、葉月さんは。きっと、ホテルに連れ込んでもOKしてくれるさ。
それとも事故の事をまだ悪いと思っているのかな?
ま、理由は何でも良いよ。
「水着は……どれにしようかしらね」
水着売り場に行き、葉月さんは水着を色々と物色していく。
「海とか行ってみたいですね。葉月さん、夏休みに行きましょうよー」
「海とか汚いし、紫外線や日差しも痛くて嫌」
「き、汚いですか、海って?」
「当り前じゃない。人がたくさんいるのよ。砂浜だって、不潔だし、何より私みたいな女はナンパされまくるのよ」
「そんな美人の彼女を連れている事を自慢したいんですよ、俺は」
「私はまったく自慢にもならないし、陰口をたたかれるじゃない。あんな美人がどうして、こんなクソキモイ男を連れてるのかってさ」
そこまで、陰口を叩かれるレベルなのか、俺は?
気持ち悪いとか言われても、どうそれを直せば良いのかさっぱりわからないんだよな。
「この水着が良いわね。ほら、買ってこい」
「は、はい。お値段は……」
四千円。う……お高いな。これ、ワンピースの水着って言うのか?
葉月さんならもうちょっと露出の多い水着が良いなーっていうか、試着はしてくれないのか。
「試着しないんですか?」
「家でする。クソムシが払うんなら、私の懐は痛まないし」
「は、はは……そうですね」
くそ、試着姿を写真に撮ろうとしたのにさ。ガードが堅いお方だな……。
「あー、暑い。もう帰ろうかな」
「ま、まだ早いですよ。そうだ、カフェにでも行きましょう。俺の奢りです」
「クソムシって、金持っているんだ」
「今日は多めに……もうすぐバイト代入るので、小遣いをパーっと使ってしまおうかなと」
そう、バイト代があと何日かで振り込まれるので、ここで散在しても問題はないのだ。
と言っても、もうそんなに贅沢は出来ないんだが……カフェで奢るくらいなら問題はない。
「気に入らないわね。私に貢げば、機嫌が良くなると思っているんだ」
「そ、そんな事は無いですよ」
「嘘ね。貢げば、私が喜ぶと思っている。こんなので、機嫌を取ろうなんて私も安く見られたものだわ」
「あ、ちょっと!」
と言って、葉月さんはズカズカと速足で俺の元から去ろうとしてしまい、慌てて彼女の後を追いかけていく。
トホホ……まだ、機嫌が直らないのか。




