第十一話
ミリアはエルヴェスを発った後、星の墓標で出会った青年から託された紙片に書かれていた
「祈りは時を超えて集う。次に向かうべきは、水面を越えた記憶の地」
という言葉を頼りに、各地の町や村を訪ね歩いていた。
霧の谷、風の宿場町、川辺の集落……。
どこでも紙片を見せては「“記憶の地”という場所に、心当たりはありませんか?」と丁寧に聞き込みを続ける。
けれど、人々はその言葉に首を傾げるばかりで、有力な情報は得られない。
そんな折、小さな湖のそばにある集落にたどり着く。
泉のほとりに住む老婦人が、ミリアの紙片を見てぽつりと語る。
「…それは、レメルのことじゃろうよ。かつて《記憶を読む者》がいた地。水の奥底に、過去が沈んでおると言うてな。老賢者も、そこにおるはずじゃ」
老婦人の指差す方角にあるのは、霧深い渓谷と湖を越えた先。
かつて文明が滅びた小国の名残とされる場所、《レメル》。
ミリアの心の奥に、不思議な温かさが広がっていく──まるで、その地が自分を呼んでいるかのように。
「ありがとうございます。きっと、そこに答えがある気がします」
彼女は老婦人に深々とお辞儀をし、新たな道へと歩き出す。
*
水と霧に包まれた渓谷の奥──
そこは、どこまでも静かで、世界から切り離されたような場所だった。
老婦人の導きで、ようやくこの他に辿り着いた。
薄く霞む白霧の中、ミリアは手探りするように一歩ずつ歩を進めていく。
水音と風の音、それに時折、遥か昔の“想い”の残滓が微かに感じ取れる。
「…ここに、誰かの想いが残ってる……」
古びた石碑。苔むした祭壇。壊れた階段の先に沈む記憶。
それらの一つ一つに手を触れるたび、ミリアの胸に優しい光のような感情が染み込んでいく。
悲しみ、願い、赦し。時に、名も知らぬ誰かの微笑みが、心の奥にそっと届いた。
そして、白霧のさらに奥。湖を渡る細い桟橋を進んだ先──
古の祈祷殿のような建物が、朽ちた静寂の中に密かに佇んでいた。
扉はない。ただ、開かれた空間に、水音と穏やかな風の音が満ちている。
その奥に、一人の老人がいた。
長い外套をまとい、身じろぎもせず、ただそこに静かに座している。
(……あの人が……)
ミリアの心が、ふっと震えた。
懐かしさのような、不思議な感覚が胸を満たす。
見えないはずの瞳が、その姿を感じていた。
その時、彼はゆっくりと顔を上げた。
ミリアの方へと、真っ直ぐに、何かを確かめるように──




