34話 狂気の傷跡
シークレットたちはキルが用意していた隠れ家に地図を頼りに移動していた。当たり前だが、キルたちの奴隷がこれだけのことをしておいて警察が捜索しないわけがない。周辺の街はもちろん森、地下の下水道、イギリス以外の場所も徹底的に探すだろう。時間が掛かればかかるほど遠くに逃げると考える。普通に逃げれば見つかるためキルはあえて街の近くの森に隠れ家を作っていた。
地図を見ると隠れ家は街の近くの森の奥にあるらしく距離もかなりあり道も険しいところにある。何より隠れ家にたどり着くには途方もない数の罠を潜り抜けなければならなかった。罠のないところや解除方法なども地図にかかれていた。地図がなければいくら優れた能力でも隠れ家を見つけることが不可能なレベルだった。まず隠れ家がある森以外の森にもカモフラージュとして罠を仕掛けていた。人は罠がしかけてあればその罠がなにかしらの意味を持っていると考える。普通なら動物を捕まえるためという理由が一番思いつく理由だが、今の状況でいえば事件を起こした奴隷たちが人を近づけないためと考える。そのため、隠れ家がない森にも罠を仕掛け、まるでここに奴隷たちが逃げ込んだかのようにしていた。そこの森にはわざわざ滞在していたかのように思わせる毛布や段ボール、ペットボトルなどを捨てていた。本命の森には入口から三、四十分で来られるところには罠は仕掛けてはいない。肝心の本命の森には、隠れ家を中心として本格的な罠が施されている。罠にかかった者は死ぬようになっているものがほとんど。キルが爆弾の外装を改造した地雷、落石、大木が倒れてくるなどキルが考えられる限りのもの。正しいルートは人が通ったような痕跡は一切残さず目印もない。正しいルートといえどもあえて罠にかからないと進めないところもあった。これは透視などの能力者が罠を見破った場合、その罠のあるところは迂回されるため目的地にたどりつけないようになっている。隠れ家にたどり着くのに正しいルートを通っても最短でも半日は掛かる道のりである。この罠と隠れ家を作るのにキルの一か月のほとんどが費やされた。
シークレットたちはあの街から逃げて四十時間掛かって隠れ家についた。もうみんな肉体も精神も限界を超えていた。隠れ家はブルーシートと段ボール、傘などを使って雨風がしのげるように作られていた。当然上空からはただの木や草にしか見えないようにカモフラージュされている。食料、衣服、寝具、手回し発電機、ラジオなど様々なものが用意されていた。武器となる爆弾、骨、拳銃などもあった。キルが残したと思われる書置きがあり、そこには携帯電話やラジオで外の情報を集め混乱が収まったらここから出るようにと書いてあった。シークレットたちは書置き通りに隠れ家にしばらく住むことにした。
奴隷のキル・コープスらが起こした事件から一週間が経った。世界中で事件の詳細と動画が報道された。この事件は『キル・コープス事件』と呼ばれ世界を大きく変えた。キルたちがいた奴隷倉庫からはキル・コープスの個人データのみが残されており彼が奴隷であったことが証明された。キルがあえて自分のデータのみを残していた。これがもしもキルが平民や貴族だったらまだ事態はここまでひどくなかったのかもしれない。
奴隷が反旗を翻し平民や貴族を虐殺したという事実が重要だった。殺された者達の遺族は奴隷を増悪し自らが使用していた奴隷を殺すという事件が多発。それどころか世界中で奴隷の安全性について議論され反対派と賛成派が衝突することもあった。奴隷に対して憎しみを持つものが遺族だけにはとどまらず世界中で奴隷が殺害されるようになった。たとえ自分が所有している奴隷でなくても奴隷というだけで殺される者もいた。憎しみだけでなく奴隷の危険性も問題視されたことも一つの要因でもある。
やがて、奴隷を殲滅するための組織『ジェノサイドスレイ』が作られた。主に被害者遺族の平民が中心となり、中世で使われていた本来の意味の奴隷狩りとは異なる奴隷を殺す意味の奴隷狩りが世界中で行われた。その奴隷狩りの最中にほかの平民や貴族も巻き込まれて死亡する者も数えきれないくらいいた。その結果、以前と比べて大勢の平民、貴族が奴隷制度に反対する者が桁違いに増えた。それは奴隷に対する憎しみからであった。当然、奴隷たちもやられっぱなしというわけにはいかず反撃を試みたがそのほとんどが失敗し殺戮されることになった。力を持つものが力を持たないものを殺すことは容易だが、その逆は不可能に近い。警察や軍すら混乱状態に陥り各地で暴動やテロが起こった。こうしていとも簡単にかつての平和は無残にも崩れ去った。キルの行動が引き金で一千万人を超える人間が死んだ。その犠牲のほとんどは奴隷であった。奴隷はまだ大勢残っていたが、このまま虐殺され続ければ奴隷はいなくなり奴隷制度は意味を成さなくなる。ある意味、奴隷たちは奴隷制度から解放される。アース帝国建国以前の混沌と暴力が支配する世界に戻りつつあった。
生き残っていた奴隷倉庫の職員もシークレットたちの奴隷も誰一人こうなることは予想できなかった。しかし、キルはこうなることを見越して虐殺を行った。あくまでキルの目的は奴隷制度の破壊であって奴隷を救うことではない。全てはキルの思い通りに進んでいた。キル自身の安否以外は……。
『現在、ジェノサイドスレイによる奴隷狩りが行われて……』
ラジオの放送でシークレットは情報を得ていたが一旦ラジオを切った。彼女にとってもあまり気分のいいものではない。精神が比較的ましな者はシークレットのみだった。クリーンを含めた四人は自らの犯した罪に日々苦しんでいた。キルの虐殺に加担しその結果数えきれない人間が死んだことに。事件後すぐに仲間の一人が自殺した。残った彼らも精神的に限界まで追い詰められておりいつ自殺しても不思議ではなかった。かろうじで会話はできるものの口数は極端に少なく食事もほとんど取らない。廃人の状態に近かった。シークレットも他の四人よりましとはいえ毎日悪夢にうなされていた。
シークレット(あれから一週間以上は経っている。キルからは今だに携帯電話にも連絡がない。もしかしたら死んでいるかも知れない。そうだとしたら私たちはもう……。)
彼女にはとってキルが生きていることが唯一の希望だった。たった一つの未来への道だった。何か月分か食料もあるしいざとなったら虫や鳥を捕まえて食べることができる。その点の関しては問題はない。しかし、何一つ救いのない現実に精神が耐えられない。絶望と罪という沼であがいている状態。あがいてもいずれ飲み込まれる。キルという救いがこない限り彼らはこのまま沼に取り残されたまま。もう既に一人は沼に溺れている。彼らは生きるという行為そのものと闘っていた。
キルがこの場にいたところで彼らの罪がなくなるわけではないが、キルのせいだと罪を押し付けることができる。自分は悪くないと正当化することができる。誰一人そんな自覚はないが無意識にそう思っていた。しかし、キルが返ってきたらまたキルは平民たちを殺しに行く。殺されている奴隷たちのことなど気にもとめない。結局、悪化しかしないことを彼らは理解していなかった。
シークレット「どうしてこんなことになったの?私たちは一体どこで間違えたの?」
そんなこと実際は考えるまでもなかった。キルに協力し引き金を引いたあの瞬間に彼女の生き方は決まってしまった。それまでに引き返すチャンスも考える時間もあった。それをせずにキルについてきた結果がこれだった。もう彼女にとって過去は振り返ることしかできない。戻れない。キルの狂気についていくしか道はなかった。




