32話 選ばされた道
ミーアは部屋に戻り悩み苦しんでいた。迷いを捨てたつもりでも捨てきれていなかった。彼女の目的は復讐でありつまりは人殺し。たった十五歳の少女がそう簡単に人を殺せるようになるはずがない。もし、何の葛藤もなしに人を殺せる人間がいたらそれはまともな感覚を失った者のみだろう。何かをきっかけにそれを失う者もいれば初めから欠如している者もいる。大抵の者は後者であり、全ての人間にそうなる可能性は少なからずある。
彼女が部屋に戻ってもさっきの光景は忘れることができなかった。気分転換のつもりが逆に気分を悪くしてしまった。
ミーア「あんなもの見ない方がよかったわね。それにしてもあれが奴隷の末路……。奴隷だって私たちと同じ人間のはずなのにどうしてあんな殺し方ができるの?」
もしかしたらあの遺体は奴隷でない可能性やキル・コープスの関係者の可能性だってあった。しかし、その可能性は限りなく低い。前者なら誰かが通報するだろうし後者ならこの街にいる理由がない。仮にその可能性であったとしてもあの事件が少なからず影響している。あの事件から時間が経過しても事件はまだ何一つ終わっていない。むしろ被害が広がる一方である。
ミーア「あんなことが他のところでも起きているの?」
彼女にとってそれは考えたくない可能性であり最悪の状況。一方的に事件とは無関係の奴隷たちが殺され続ける。それは復讐でも戦争でもないただの虐殺そのもの。行為そのものはキル・コープスが起こした事件と何一つ相違ない。
ミーア「こんなの間違っている!」
咄嗟に否定の言葉が彼女の口から出た。復讐を目的としている彼女がそれを口にするのはおかしい部分があった。同じ憎しみでただ単に矛先が少し違うだけのこと。
ミーアは考えた結果、さっきのような悲劇をなくそうと決意する。復讐と救い、この二つの矛盾した行動を為す。
ミーア(もう無関係な人を不幸にはさせたくない!)
彼女はこの考えを賛同するかを聞くためケールの部屋を訪ねる。部屋の扉をノックし返答を待った。
ポピー「ミーア?」
一瞬ミーアは聞き間違いだと思ってしまった。ポピーとケールの部屋は別々にしている。しかし、この部屋は間違いなくケールの部屋。
ミーア「なんでポピーがケールの部屋にいるの?」
何かの相談があったのかさっきのお礼を言いにきたのか、そんなことだろうとは思ったがつい疑問を出した。
ポピー「ケールとの秘密だよ。ミーアには内緒!もう邪魔しないでよ。」
明らかにその声は以前聞いたポピーの声とは違って明るい感じの声だった。ミーアはこの異常さに思わず扉を開け部屋の中を覗いてしまう。
ミーア「何を……している……の?」
その光景に言葉がそれしか出なかった。
ポピー「だ~か~ら!!邪魔しないでっていったでしょ!!」
ポピーのその言葉はさっきと同じでありながら内心怒っていた。ミーアにはその言葉すら理解できそうではなかった。
目の前に映ったものは血まみれでナイフを持ったポピーと床に横たわって動きそうにないケール。夢だと思いたい。幻だと思いたい。ミーアの頭は今の現実を否定するのに精一杯だった。
ミーア「びっくりしたよ。ドッキリ?」
そんな風には全く見えないがそう言うことしか彼女にはできない。信じたくはない。
ポピー「う~ん?これもドッキリっていうことになるのかもね。予定より早くなってけどここで二人目殺ろうかな?」
ポピーは笑顔のままそう語る。無邪気な子供のような雰囲気で狂気を感じさせた。
ミーア「何の冗談?」
ポピー「冗談じゃないよ。本気だよ?ケールはもう死んじゃったけどミーアはまだ生きているから次はミーアだね。」
ポピーの言葉にミーアは激しく動揺する。現実を、ポピーの言葉を受け入れられない。
ミーア「ポピーがケールを殺したっていうこと?」
ポピー「そうだよ!ナイフであちこち刺してみたよ。いやー完全に動かなくなるまで結構かかったね。反応は面白かったけど。ケールが最後になんか助けてとか言っていたのが何か無様で傑作だったね!初めて人殺してみたけど案外楽しいね!!」
嘘の可能性はこれでなくなった。もうミーアは現実を受け入れるしかなかった。ポピーがケールを殺した事実を認めなくてはならなかった。でなければ次の犠牲はミーアとなる。
ミーア「何で殺したの?ケールはあなたを救ったのに。」
ポピー「それがムカつくんだよ!!救った?何上から目線で言っているんだよ!私は助けてなんて言ったことねーし!勝手な同情で人を助けた気になるなよ!私はお前たちがキライだよ。この偽善者ども!!」
ポピーは口調を変えて怒り狂った。ミーアはそれに反論する。
ミーア「ケールはそんな人じゃない!!あなたは狂っている!」
ポピー「狂っている?私が狂っているわけがないよ。私は正しいよ?これから私は悪の手先の平民や貴族を殺すの。楽しい人殺しもできるし一石二鳥だね。仲間も増やして何とか団っていうのも作ろうかな?きっと楽しいよね?
それにこれは戦争だよ!奴隷と平民、貴族が殺し合う戦争。もうあの事件から始まっていたんだよ!私は出遅れたけど挽回しなくちゃ。」
そんなことを楽しく語るポピー。もう手遅れだとミーアは確信する。
ミーア「あなたも……キル・コープスと同じということね!」
ポピー「あんな能力も使えないごみと一緒にしないでよ。あのごみのせいで大変な目に遭わされたし!いつか見つけたら切り刻んで殺したいな~。ごみだからあんまり殺しても面白くないかもね?でもミーアを殺すのは楽しみだな!」
ポピーはそのままの状態でミーアに近づいてくる。
ミーア「来ないで!でないと殺す。」
ポピー「何も持っていないのに殺せるわけないでしょ?」
ポピーは知らないがミーアの能力は十分に人を殺せるもの。制御は難しいが殺すだけならそれ自体の動作は簡単である。だが、それはあくまで動作というだけである。
ミーア(油断している今なら空間切断で殺すことが……。ケールの仇をとらなきゃいけない。)
仇だということは理解もしている。殺さなければこちらの命も危ない。彼女の能力ではポピーを無力化することは難しい。もう彼女には選択肢はないにも等しい。それでも震える手は止まる気配がしない。
ミーア(憎いはずなのに、許せないのに!どうしてできないの!)
彼女の脳裏にケールとポピーと過ごした時間を思い出す。一日もない僅かな時間だったが復讐のみだった彼女にとって救いともいえたもの。
だけど……もう……それはない。
ミーア「うああああああ!!!!!!!!」
ミーアの絶叫に近い叫びとともに能力を発動させた。自らの行為に思わず目を閉じてしまう。まともに制御できる精神状態ではないこともあり関係ないところも能力で引き裂いた。
ミーア「はあ、はあ!」
彼女は全力で能力を使用したため体力が消耗していた。
ミーア「ケール、仇は取ったよ。」
顔を涙で濡らしたまま、ポピーの死亡を確認するためおそるおそる目を開ける。いづれ必ず見なければいけないから。
まず目の前に見えたのは血まみれの手、赤色に塗装されたように見える部屋。
ミーア「違う、これは幻覚よ。だって……。」
そして、そこにはかつてポピーの体の一部だったものがいくつにも分かれて散乱していた。能力が制御できず乱発した結果だ。
それを理解してしまったミーアは何度も何度も嘔吐した。以前と比べものにならない吐き気だった。もう吐くものが一切なくなるほどだった。
ミーア「こんなつもりじゃ……なかった!」
『こんなの復讐でも何でもない!こんなのただの人殺しよ!』
ミーアにはかつての自身の言葉が聞こえていた。自分も同じだと言わんばかりに。
『奴隷だって私たちと同じ人間のはずなのにどうしてあんな殺し方ができるの?』
自分はあの時の奴隷より残虐な殺し方をした。故意ではないとはいえもう誰の遺体すら分からないほどバラバラにした。間違いなく殺意を持って殺害した。少し冷静に考えればこんな殺し方をしなくてもできたはず。だが、そんな余裕はなかった。
『こんなの間違っている!』
間違っていたのは自分だった。自分だけは間違わないと心のどこかで思っていた。どこかで復讐を正当化していた自分がいた。
ミーア「私は間違っていた?私が奴隷なんかを許してしまったからこんなことになった?」
彼女自身に全部責任があったわけではない。しかし、それを言ってくれる人も傍にいた人ももういない。彼女は全て自分のせいだと思い込む。そう思い込むしかできなかった。
ミーア「奴隷なんて……」
その先を口にすればもう戻れない。
ミーア「奴隷は……この世界から根絶やしにしてやる!」
もう対象は全ての奴隷になってしまっていた。無関係な奴隷を巻き込まないと思っていたあの時とは変わってしまう。奴隷がいたから悲劇が起きてしまったとそう考えることしかできなかった。
ミーア「もう無関係な奴隷なんていない!だからもう、迷わずに殺せる……。」
自己暗示をかけるかのように言った。引き返さないために、迷わないために。




