2-3:違和感
『今週のDDAニュースの時間です。それでは真野乃キャスター、お願いします!』
突然、音声が流れてきて、渚は弾かれたように顔を上げた。意識の外にあったテレビの音声が、その瞬間だけ倍に膨れ上がったように響いた。
男性アナウンサーの呼びかけと同時に、ポップなBGMと鮮やかなテロップが流れ、画面が切り替わる。
『ハーイ! アナウンサーの真野乃です! 私は今、DDA本部の入口前にいまーす!』
軽快な女性アナウンサーの声に、両親二人もつられて顔を向ける。
――それでは、今日の天災関連ニュースをお伝えします。
――DDA本部は第五十四弧洞での作戦終了を発表しました。これに伴い、周辺市民への緊急避難指示は昨日午後六時をもって解除されています。
アナウンサーの声は滑らかに響いた。
ニュースの内容は異様だと、頭のどこかで分かっていた。それなのに、言葉は不思議なほど自然に渚の理解に染み込んできた。知らないはずの世界の情報が、すっと入ってくる。まるで、以前から知っていたかのように。
――当局によると、現時点で市民への被害は確認されていません。今回の「第五十四弧洞掃討作戦」は、DDA、《天鳴グループ》、《白緑組合》の三者共同で実施された大規模作戦であり、一か月前の第五十三弧洞作戦以来となる中規模弧洞への対応でした……。
――しかし市民の間ではDDAの対応力を疑問視する声もあり、民間組織との協力を歓迎する意見と、国家依存の弱体化を懸念する意見が分かれています……。
アナウンサーの言葉が続く。市民の声、国家依存の是非。DDA。グループ。考えれば考えるほど違和感は増し、霞のような思考の鈍さが渚を縛った。
――続いては、「発生危険度推定値」のお知らせです。DDA本部は新たな弧洞の発生に関する情報を提供しています……。
――また本日、《天鳴グループ》の天鳴吉野会長は、DDA研究開発部門との正式提携を発表しました……。
「……ぎさ、渚!」
渚は短く息を吸い込んだ。母親が心配そうな顔で渚を見つめていた。
「本当にぼうっとして。明日から機関に戻るんじゃないの?」
「きかん?」
母親の眉尻がわずかに下がった。
「特別休暇。今日で終わりでしょう?」
特別休暇。また身に覚えのない言葉だ。
呆然とした渚に、父親がテレビを消した。柔らかな声が余韻を残しながら消え、食卓がしんと静まり返る。
ゆっくりと茶碗から立ち上る湯気に、渚はぼんやりと視線を落とした。ふっくらと白く輝く白米の粒が、やけに鮮やかに見える。
「もう少し延ばしてもらえないの?」
母親の心配が、胸の藪を突かれたみたいに不安が跳ねた。
「それに、ねえ。この間の任務で分かったと思うけど、やっぱり隊員になるのは、あなたの能力じゃ無理なのよ。C級なんだから」
「……え?」
C級――、その言葉にも覚えがある。
「前の前の時だって大怪我で帰ってきて、心配しているの。後遺症だって、まだ分かってないってお医者さんも言ってたじゃない。それなのにまた行くの? ご飯も食べないで部屋に籠もるなんて、見ていたくないの」
母親の声はか細く震えていた。押し込め切れていない心配に、食卓の空気がさらに重くなる。
「それに、特務機関じゃなくて、民間の組織のほうだっていいじゃない。そっちのほうで後方支援に回してもらうことだって……」
過去に閉じ込めていた感情が溢れ出してきそうで、渚は声を上げてこの困惑を叫びたくなった。
「お母さんも、お父さんも、渚のことが心配なのに、どうして分かってくれないの?」
何も言わない渚に、母親は小さくため息をつく。抑えきれない焦りと心配が、その声音の中に潜んでいる。
渚は自分の気持ちが重く沈んでいく感覚を覚えながら、湯気を立てている茶碗を手に取った。
――『心配している』なんて言葉を、渚は一度も言われたことがない。
「わ、わかってる」
それで精一杯だった。それは自分の声なのに、どこか遠い場所から出てきたようだった。
現実が夢のようで、夢が現実のようで――どちらか確かめたいのにその術はない。
渚は目の前の白米をほんの少し口へと運んだ。甘くて、温かい。こんな味は知らない。初めての温もりが、逆にこの世界での自分の異物感を際立たせる。
母親がさらに何か言いかけ、結局その言葉をのみ込み、再び静かにため息をつく。
渚はその表情を見なかったことにして、通らない喉に無理やり朝食を押し込んだ。残りのごはんはもう喉を通りそうにない。だが、残せば、またあの顔をさせてしまう。
「ご……ごちそうさま」
「もういいのか?」
口を閉ざしていた父親が言った。
「うん」
渚は立ち上がって、手早く食器をキッチンの流しへ入れ、食卓の重苦しい空気から逃げるように階段を上った。背中に二人の視線が刺さるのを感じながら、振り返ることはしなかった。
部屋に戻り、ベッドの上で膝を抱え込むと、部屋の窓越しに見える薄暗い空をぼんやりと眺めた。
「ここは……どこなの? どうなってるの……」
空が青く澄み渡っている。
その下に広がる景色は、渚が知る日本のものと違っていた。近未来的な建物が林立し、まるでSF映画の中に迷い込んだかのような風景が群れを成している。
「お母さん、お父さん……」
渚はその言葉を口の中で転がした。
『心配なのに』という声が、まだ耳の奥にへばりついている。ずっと逢いたいと願っていた頃の自分は、もういないというのに。




