3-6:石の扉
デバイスに表示された心拍数が跳ね上がった。
渚は腕を振り、指にまとわりついた泥を払い落とす。
「いつまで止まってる。危険はなさそうだ。先へ進むぞ」
坂田は何でもないことのように言った。
「まだ採取が終わっていません。それに、周辺の反応値も安定していない」
和久田の端末では、消えたはずの警告が再び点滅している。
「非活性という判定も、入口付近の数値だけです。もう少し確認したほうが」
「時間をかけるほどのことか?」
坂田は取り合わなかった。
そのとき、矢羽が闇の奥へライトを向けた。岩壁を縦に裂く亀裂から、赤紫の光が漏れている。ゆっくりと明滅する光に、誰もすぐには近づかなかった。
「あれは……?」
古藤の呟きに、坂田が顔を上げた。
「何だ、あの光は。行くぞ」
「待ってください!」
和久田の制止を聞かず、坂田は歩き出した。第四班も、その背を追うしかなかった。
進むにつれ、壁に黒い染みが増えていく。ライトが照らし出した色は、黒ではなかった。
「これ……血じゃないですか」
古藤の声が強張った。和久田は壁際へ寄り、手袋越しに染みを確認する。
「触るな。記録だけ取って、採取は最小限に」
血の跡は、岩の割れ目に沿って奥へ続いていた。細かった筋は次第に太くなり、空気に混じる鉄の匂いも濃くなっていく。
やがて一行は、赤紫の光が漏れる岩壁へ辿り着いた。
行き止まりに見えた。
けれど、岩肌には自然にはできない直線が走っている。左右対称の輪郭と、表面へ刻まれた紋様。その隙間から、脈を打つように光が漏れていた。
巨大な石の扉だった。
「確認しろ」
坂田が顎で示す。誰かが扉に触れるより早く、扉はひとりでに軋みをあげた。
ギギギ――。
石と石が擦れ合い、重い音を立てながら左右へ開いていく。その隙間から赤紫の光があふれた。
渚は目元を覆い、光が薄れるのを待ってから、扉の奥を見る。そこには洞窟とは思えないほど広い空間が広がっていた。
天井は闇に沈み、どこかで落ちた水滴の音が、遠く反響している。中央には黒い柱が一本立ち、その中心に、赤黒い結晶が埋め込まれていた。結晶から伸びた根のような紋様が床を這い、脈動するたび、赤紫の光が溝を駆け抜けていく。
この空間全体が、一つの生き物のようだ。
周囲の壁際には、乳白色の花が群生している。甘い香りの奥に、血のような鉄臭さが混じっていた。
誰も口を開かなかった。
ただ一人、坂田だけが、柱の結晶を見つめていた。
ゆっくりと、その口元が吊り上がった。
「……ッ、これだ……こんなものを現物で見られるとは!」
「危険です!」
「危険? 馬鹿言うな!」
和久田が呼び止めが、坂田は黒い柱へ走り寄った。
「高純度の異能石だ。横に流せば、いくらになると思ってる。これを持ち帰れば、俺の評価は……」
壁に残っていた血も、部下の制止も、もう見えていなかった。
その横顔を見た瞬間、渚の背筋を冷たいものが走った。
この男を知っている。
欲に濁った声。人の命を、成果や補充という言葉へ置き換える考え方。記憶の底から、活字の断片が浮かび上がった。
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戦利品は闇オークションで高値で取引できる。隊員の数は減ったが、C級隊員はいくらでもいる。
また融通を利かせてもらって、補充すればいい。
あの《天鳴》の七瀬。S級だからといって生意気な。俺をこけにしやがって。地に這いつくばらせて、謝罪させてやる。
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――坂田。
『ろく』に出てきた男。
その男は《天鳴グループ》を敵視し、成果と引き換えに部下を切り捨てた人物だった。
記憶はまだ曖昧だ。どの話だったのか、七瀬とどう関わり、最後に何をしたのか、そこまでは思い出せない。ただ、この男は危険だと、それだけは、はっきりしていた。
坂田は何のためらいもなく、赤黒い結晶へ手を伸ばした。




