3-4:入り口
高層ビル群が遠ざかるにつれ、車窓の向こうに山並みが広がっていった。
舗装された道はやがて途切れ、苔むした岩肌と荒れた斜面が続く。街の喧騒はとうに消え、空まで薄く濁っていた。
山裾には、黄色い規制テープと仮設の柵が張られている。
「ここから先は立入禁止区域です」
装甲車が止まると、赤いベストを着た警備員が近づいてきた。和久田が職員証と任務指示書を提示し、認証を終えると、柵が左右へ開かれた。
車を降りた渚の頬を、湿った風が撫でる。
土と苔の匂いがする。鳥の声さえ聞こえない静けさの中、視線の先に岩壁があった。
その中央に、黒い裂け目が開いている。
周囲の岩肌は褐色なのに、裂け目の周りだけが赤黒く変色している。縁には瘡蓋にも似た鉱石がこびりつき、内側から脈打つような光を漏らしていた。
風に混じり、濡れた鉄のような匂いが流れてきて、渚は思わず口元を押さえた。
「一次内定はC1」
和久田が指示書を確認する。
「内部の状況を調査して、脅威度の二次内定を出す。資源分布と、拠点候補地の安全確認も行う」
弧洞は、二種類に分けられる。
一つ目は災害を伴って現れる『大規模型』、二つ目は前触れなく発生する『小規模型』だ。
両者とも発生原理は解明されていないが、その内部はまるで別世界のように、異なる法則に満ちているという。
弧洞の最大の脅威は二つある。
まずは内部に潜む怪物、そして一定時間後に発動する『終末装置』の破壊的威力。終末装置が稼働したら最後、爆発と共に外へ怪物が溢れ出す。
その脅威を判定するために、外部観測での『一次内定』と、調査班による『二次内定』が行われ、弧洞には等級が付与されていた。
今回の対象は、半月前に発生した第四十九番弧洞。その一次内定は『C1』。外部測定では活動指数は低いとされていた。
しかし、渚の目には、赤黒い裂け目は澄んだ空気すら吸い込むように淀んで見える。これが、等級の低い弧洞というのだろうか。背筋を這う悪寒に、無意識のうちに踵を半歩引いていた。
「あれが俺たちの成果の入口だ。いい眺めだろ」
坂田だけが、弧洞を前に機嫌よく笑っていた。
「いいか。調査だけで帰ってくるなよ。異能石でも何でも、価値のあるものは全部持ってこい」
隣で、ゆかりの肩がわずかに落ちた。なぜ、誰も逃げないのだろう。
疑問が浮かび、すぐに消える。逃げられるのなら、とっくに逃げているはずだ。ゆかりたちにも、ここに留まらざるを得ない理由があるのだろう。
「何をしてる。さっさと入れ」
坂田の声に、全員の身体が強張った。
和久田を先頭に、第四班が裂け目へ向かう。渚もゆかりの隣を歩きながら、赤黒い光を見つめた。
入口へ近づくほど、鉄の匂いが濃くなる。岩の隙間から漏れる風は冷たいのに、その奥には生き物の吐息のような湿り気があった。
足を止めた、その瞬間。
「行け」
背中を押された。渚はたたらを踏み、赤い光の中へ投げ出される。
視界が歪み、足元の感触が消え、反射的に目を閉じたときには、外の空気も山の匂いもすべて背後へ切り離されていた。




