3-1:罪悪感
第三話 『弧洞』
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ゆかりに案内されたのは、弧洞調査課第四班の装備控え室だった。
青白い蛍光灯の下にロッカーと装備ラックが並び、防護ベストや手袋、細長い金属ケースが整然と収められている。
けれど、室内にいたのは四人だけだった。ロッカーの数に比べて、あまりに少なかった。
渚が入った途端、全員がこちらを見た。
安堵したように目を見開く者もいれば、すぐに視線を逸らす者もいる。誰もが何かを言おうとして、それを飲み込んでいるようだった。
渚は胸元を押さえた。
部屋を知っているわけではない。そこにいる人々の顔にも覚えはない。それなのに、胸の奥から鈍い感情が浮かんでくる。
寂しさと、申し訳なさ。そのどちらにも似た重さだ・
一瞬、割れた無線の音が耳の奥で鳴った。誰かが、椎野渚の名前を呼んでいる。振り向く間もなく音は消え、舌の奥に鉄の味だけが残った。
「あ……渚ちゃん」
茶髪を肩で切り揃えた女性が、おずおずと声を出した。制服の袖を握る指が落ち着きなく動いている。
「おかえり。怪我、治ってよかった」。
「前回の任務、大変だったよな」
「渚ちゃんが助かって、本当によかった」
別の声が続くが、その声音にはどれも違和感があった。
言葉だけを聞けば歓迎だが、表情はそこまで明るくない。安堵の奥に、薄く濁ったものが残っている。喜びきれない人間が、喜ぶべき言葉だけを選んで口にするように。
渚は自分の腕を抱えるように掴んだ。
「……でも、どうして渚ちゃんだけ」
「矢羽さん!」
鋭い声が重なる。
矢羽と呼ばれた女性は、はっとして口元を押さえた。
「あ……ごめんなさい」
自分でも気づかぬうちに、胸の底に沈んでいた淀みが零れ出たのだろう。部屋全体に、目に見えない糸がぴんと張り詰めた。
渚は立ったまま、胸の奥にぽっかりと空洞が生まれるのを感じた。
渚だけが助かった。そういう意味なのだろう。
そして彼らの中には、渚へのわだかまりが渦巻いている――それだけは確かだ。
「ね! 暗い表情はやめよう。なぎちゃんだって必死に戦ってるんだよ」
ゆかりが口を開いた。庇うような言葉だが、重苦しい空気は晴れず、部屋はどんよりと陰った。
「責めたいわけじゃないの」
矢羽は俯いたまま言った。
「ただ、ちょっと……複雑で」
「それを言うなら、僕を責めてくれ」
入口から声がした。
痩せた男が立っていた。身体に合っていないように見える制服を着て、整えられた茶色い髪の下には、深い疲労が残っている。
「和久田副班長……」
誰かがそう呼んだ。
「防げなかったのは僕の失態だ。重傷を負った椎野さんにも、ほかの隊員にも責任はない」
落ち着いた声だった。
けれど、その言葉で空気が軽くなることはなかった。
矢羽は袖を握ったまま俯き、ほかの隊員たちも床や装備ラックへ視線を逃がしている。
和久田自身も、誰かを納得させるためではなく、何度も自分へ言い聞かせてきた言葉を繰り返しているように見えた。
言葉が途切れ、再び沈黙が落ちたその時だった。全員のデバイスが一斉に鳴った。
――ピピ、ピピ、ピピ、ピピ。
薄い電子音が、白い部屋の壁に跳ね返る。渚の手首にも通知が浮かび上がった。
『任務招集』
『弧洞等級一次内定:C1』
小さな文字が淡い光を帯びて並んでいる。
「招集か」
和久田は息を吐くように言った。言葉の終わりが、少しだけ諦めているように沈んでいた。
「みんな、準備を。行こう」
和久田が優しく号令をかけると、隊員たちはそれを合図に動き出した。
ロッカーが開き、防護ベストの金具が鳴る。先ほどまでの沈黙は、装備を整える音に押し流されていった。
渚だけが、その場に残された。
前回の任務。戻らなかった隊員。わだかまり。渚だけが助かった理由。坂田を恐れる身体。それらが全部、渚の足元に絡みついてくる。
「なぎちゃん、準備しよう」
ゆかりに声をかけられ、渚は頷いた。
「装備、分かる?」
「うん」
反射的に答えたものの、どれが自分のものか分からない。
ゆかりはすぐに察したように、壁際のロッカーを指した。
「あそこ。名前、書いてあるから」
並んだ扉の一つに、《椎野》と表示されている。ここにも、この世界で生きていた渚の居場所がある。
ロッカーへ向かおうとしたところで、背後から声をかけられた。
「椎野さん」
振り返ると、和久田が立っていた。
近くで見ると、まだ若い。二十代後半ほどだろう。けれど、目の下の影と、わずかに落ちた肩が、実際よりも年上に見せていた。
昨夜、デバイスに届いていた未読通知を思い出す。
【from 副隊長】
こんばんは。復帰するって聞いたけど、もし……
送り主は、和久田だった。
彼は渚の顔を確かめるように見たあと、ぎこちなく口元を緩めた。
「メッセージ……見てなかった?」




