2-7:メッセージ
最初のメッセージに続いて、未読の通知が二件並んでいた。
【from 副隊長】
こんばんは。復帰するって聞いたけど、もし……
【from 絢瀬】
元気?
どちらも、本文は途中までしか表示されていない。
履歴を遡ってみたが、この世界の渚は交友関係を広げるほうではなかったらしい。並んでいる相手は両手の指にも満たず、そのほとんどが職務上の連絡だけだ。
勤務予定。報告書の確認。装備品の返却。定期検査の案内。
そこから椎野渚という人間を知ろうとしても、見えてくるのは仕事の輪郭ばかりだ。
ゆかりと副隊長からの通知は、昨晩届いている。
どちらも復帰を心配しているようだったが、渚には返す言葉がなかった。大丈夫ではない。けれど、その理由を説明することもできない。
絢瀬からの一件だけは、ずっと前から未読のまま残されていた。短い名前と、「元気?」の二文字だけが、ほかの業務連絡から浮いている。
なぜ、この世界の渚は開かなかったのだろう。
指を伸ばしかけたところで、電車が減速した。渚は画面を閉じ、ホームへ降りた。
改札を抜け、地下通路から地上へ出る。
知らないはずの道なのに、足は一度も迷わなかった。曲がり角へ来れば自然に向きを変え、黒い制服の人波に混じって進んでいく。
やがて、DDA本部が朝の空を塞ぐように現れた。
中層から上を黒いガラスで覆われた高層ビルだった。首を反らしても最上階までは見えず、磨かれた壁面には空だけが冷たく映っている。
自分が働いていることになっている場所。
立ち止まっている渚の横を、職員たちが次々と通り過ぎていく。この光景に呑まれているのは、渚だけだった。
「……大きすぎる」
低層階にはカフェやレストランが並び、朝早くから職員証を下げた人々で混み合っていた。コーヒーを片手に歩く者もいれば、空中に開いた端末へ目を走らせながら、早足で入口へ向かう者もいる。
渚も流れに押されるように自動扉をくぐった。すぐに、外より少し冷たい空気がひやりと肌を指す。
ロビーは吹き抜けになっていた。磨かれた床の上を黒い制服と白い事務服が途切れることなく行き交っている。壁面には各部署の案内が浮かび、奥には何列もの警備ゲートとエレベーターホールが見えた。
職員たちは足を止めず、決められた流れに沿ってゲートを通過していく。その中で、どこへ向かえばいいのか分からないのは渚だけだ。
渚は小さく息を整えて、列の端へ並んだ。
前にいた職員がカードをかざす。電子音が鳴り、透明な扉が左右に開いた。渚も同じように職員証をかざした。短い音とともに、ゲート脇のランプが青く光り、扉が開く。
拒まれなかったことにほっと息をついて、けれど渚は次にどこへ行けばいいのかさえ分からなかった。
受付へ向かうと、白い制服の女性が笑顔を向けてきた。
「おはようございます」
「あ……おはようございます」
声が少し裏返る。渚はポケットから職員証を取り出し、両手で差し出した。
「あの、みません。少し、聞きたいことがあって」
「もちろんです」
女性は職員証を受け取り、カウンターへ埋め込まれた読み取り台に置いた。端末に顔写真と所属が表示された。
椎野渚。作戦局弧洞調査課第四班。C級界律者。
女性の視線が、画面から渚へ移る。
「どうされましたか?」
笑顔は崩れない。渚は喉に引っかかった息を飲み込んだ。
「その……、変なことを聞くんですけど」
「はい」
「私、何階へ行けばいいのか、分かりますか?」
女性の指が、端末の上で止まった。
「……はい?」




