【モンスターカントリー史概略】
馬車が勾配の緩い幅広のつづら折りをくだり始める。転落防止の縄が張ってあるが、いかにも頼りない。もし落ちたら一段下の坂道まで真っ逆さまだろう。斜面は垂直に近く、ほとんど切り立っている。
「この道、崩れたりしませんよね?」
「心配すんな。カセリナのどの冒険者村でも、土砂崩れは一度として起きていないとよ」
アキラは半ば心ここにあらずでうなずく。
不安のあまり気散じの質問をする。「エクサリオの冒険者村も出入りはこんな感じですか?」
「ああ。それ以外の村でも同じと聞いてる」
「大工事だったんだろうな」
「何が?」
「いや、この道です。こんな場所に道を作るとか、メチャクチャ大変そうだし」
「あたしらの土木工事技術を不当なまでに高く買ってくれてありがとよ。でもこいつは、パム=デ=クリムの仕業だ。世界中のモンスターカントリーは例外なくズドーンと地盤沈下していて、出入りのための坂道が半ダースかそこらセットになってるらしいぜ」
そう説明するケヴはやや早口だ。
表面上はいたってクールだけれど、とアキラは隣を盗み見る。お姉さんも緊張しているんだろうか。緊張と不安を言葉で紛らわせようとしているんだろうか。
ケヴが続ける。「相応の努力と犠牲を払えば化けモンの流出を阻止できる、超巨大カルデラみてえな、絶壁に囲まれたふかーい窪地。ずいぶん作為的な地形だと思わないか?」
「ええ、まあ。聞いた感じ、怪物の檻というか、人間が防衛しやすいというか」
「しかも、モンスターカントリーは金のなる木とくる」
「どこにお金の要素が……?」
「いっちゃんわかりやすいのは、迷宮」
「巨大迷路、ですか?」
「惜しいけど、ちげぇ。ダンジョンだ」
ダンジョンと聞いて、アキラは西洋の城の地下牢を連想する。
「何十層もある地下宮殿だよ」とケヴ。「その入り口がモンスターカントリーのあちこちにある。中は化けモンの巣で、謂わば地獄の中の地獄だ」
「どこにお金の要素が……?」アキラは繰り返す。
「曲がりなりにも〝宮殿〟だぜ? お宝が山ほど眠ってんのさ。いつの時代のどこの国のものとも知れない高純度の金貨や銀貨、レアな宝石、作者不詳のすげえ絵画と彫刻。もし持ち帰れたら、状態の良い家具も高値で取引される。そういうお宝が、なんてことのない部屋や通路で埃を被ってる。おまえさっき、砦から砦の経路がぐにゃぐにゃって言っただろ? 地形じゃなくて、ダンジョンの入り口に合わせてあるからだ。ダンジョン攻略を担う砦は、ダンジョンの入り口に近い場所か、ほとんど目の前に建てられてる」
「二五キロ圏内に化け物の巣がたくさんあるなら――」
「ダンジョンは二個」ケヴが言葉を被せる。「言い方が悪かったな。この村の管理区域には、馬鹿みてえに広いダンジョンが二つあって、出入り口が複数ある。アンダーラインの引かれてる砦がダンジョン専門。迷宮探索の拠点であり、化けモンの流出を抑える防衛ラインだ。その付近にあるアンダーラインのねえ砦の下にも、ひろーい迷宮が広がってる」
「二五キロ圏内に化け物の巣が二つもあるなら――」
「土台にする情報が少なすぎんぞ」とまた言葉を被せる。「さっき受付から聞いた話じゃ、ここいらの遠隔地では一つも発見されていないらしい。逆にほかの冒険者村じゃ、遠隔地にダンジョン一個、みたいのがざら。もし道先でダンジョンを新発見しても、ちょっかいを出さなきゃいいだけの話だ」
「ダンジョンはここ以外にも? つまり、モンスターカントリーの外にもあるんですか?」
ケヴが首を振る。「そこが面白いところだ。ダンジョンがあるのはモンスターカントリーの中だけ。そしてモンスターカントリー以前は、ダンジョンなんて存在していなかった。これまた作為的なもんを感じるだろ?」
「何かの罠?」
「と、見る向きもある。専門家連中は違う意見だ。いわく、〝魔王呼ばわりされることも多いパム=デ=クリムだが、彼の行いは本質的に救世主のそれである〟」
「国を丸ごと滅ぼしたのに?」
「大を生かすために小を殺す。よくある話さ。つーのも、二〇〇年前はどの大陸のどの国家も、停滞期に嵌まり込んでた。出口のない貧困と、止まるところを知らない文化的退行の、衰退の道だ。そこにドン! モンスターカントリー発生。当初は近場の軍と傭兵が対応したが、高い損耗率と汚職が問題になった上、軍も傭兵も底なしの胃袋を持つ金食い虫とくる。で、奴隷や罪人に市民権と恩赦をチラつかせて化けモンの駆除に当たらせるようになって、失業者のながーい列もそこに加わるようになって、当時の有力商人か国の入れ知恵かはともかく、ルールやらなんやらを取り締まる互助会が組織されて、定期監査の受け入れと、関係各国に莫大な上がりの六〇パーを収める条件で管理権限が民間に委譲されて、今日の冒険者組合が爆誕。
こうした一連の流れの中、上から下まで活気づいた。陸と海を越えて金と物と人が循環する天井知らずの好景気だ。モンスターカントリーの非直接関係国も恩恵に与り、いにしえの大帝国並みの繁栄が続いてる。もちろん金のなる木を巡る国家間の諍いも増えたが……みんな概ね幸せに暮らしましたとさ」
「てことは、エクサリオの侵攻もここが目当て?」
「そ。主目標の一つ」
「地球と変わらないですね、資源の奪い合いとかそういうの。で、パム氏は繁栄をもたらしたから救世主?」
「〝闘え、しからば与えられん〟式のな。パム=デ=クリムの真意はともかくとして、だ、ダンジョンに挑めば挑むほど豊かになってるのは事実だよ。ちなみに、冒険者どもは金銀財宝に目が眩んでるが、国の上のほうは、モンスターカントリーで採れる食物のほうに価値を置いてる。穀物も野菜も果物も、冷害や病害に強くて、滋養に富んでる。薬草も効き目が強い。何がどう変異してそうなったのかは、パム=デ=クリムのみぞ知る、さ」
「そんなモン口に入れて大丈夫なんですか?」
「今んとこ健康被害は出てねえよ。それどころか、飢饉は過去のものになった」
アキラとケヴはふつりと黙り込む。つづら折りをのぼってくる冒険者の先頭グループとすれ違ったからだ。その八人は談笑に花を咲かせ、笑顔で、体のあちこちに黒味がかった紫色の汚れがある。
「ペンキ、とかじゃないですよね、あれ?」
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