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【冒険者村にて】




 物騒、というのがアキラの抱いた冒険者村の第一印象。

 ハルドガルダ市の往来とは違い、ここでは男も女も当たり前のように武器を帯びている。剣を佩き、弦で弓をたすき掛けにし、槍を肩に預けている。警備隊のように革鎧を着ている者がいて、甲冑を部分的に身につけている者がいる。誰も彼も、露出している肌のどこかしらに新鮮な傷や古傷。誰も彼も、目つきや顔つきがどことなく剣呑。

 そして重苦しい空気が漂っている。

 ケヴから借りた紐で結ぶシャツ(なんだか良い匂いがする)に着替えて御者台にぽつんと座るアキラは、周囲で飛び交う複数の言語を理解できないが、たびたび聞こえてくるリュシナリア語だけは別だ。

 リュシナリア語で交わされる話題はすべて、エクサリオ軍のロフト侵攻。

 どうやら、理解不能言語の会話の中身も同じらしい。

 というのも、通りにいる人たちはみんな――数人のグループで歩いている者も、道端で石弓の手入れをしている者も、立ち話に興じている者も、屋台や露天の売り子も、みんな――冒険者村の出入り口のほうを頻繁に気にしているので。まるで今にも悪いことが起きるかのように。次の瞬間には血に飢えたエクサリオ兵の大軍勢が雪崩れ込んでくるかのように。

 そのせいか、人種的異物の――〝黄色人間〟の――アキラに好奇の視線を投げる者はあまりいない。せいぜいチラッと見てくる程度だ。

 と思ったら、二人組の若い女が声をかけてくる。どちらも弓を担いでいて、どちらもニコニコ笑顔。相手が言い終えるのを待ってから、アキラは口をひらく。

「悪いけど、リュシナリア語はできる?」

 二人の様子からして、できないようだ。

 金髪が片言のリュシナリア語で言う。「あー、食べる? 未来」

 未来を食べる?

「あなた、お金」赤毛が言い添える。

 アキラは瞬く間にコミュニケーション上の迷子になる。

「貸せるようなお金は持っていないよ」と当てずっぽうで言葉を返す。

「ネー、ネー」〝違う、違う〟と金髪。「お金、払う」

 それを聞いて赤毛がくすくす笑う。

 金髪が自分を指さし、その指をアキラに向ける。

「お金、払う」

「あなたがぼくに、お金をくれる?」

「そう、わたし、くれる。払う」

「一体どうして?」

 赤毛が爆笑する。

 するとそこへ、冒険者組合支部の正面口にケヴが姿を見せ、急ぎ足でやって来る。二人組が謎言語でケヴに何か言い、ケヴが謎言語で応じ、しっしっと追い払う手振りをする。二人組が笑いながら去ると、ケヴが含みのある眼差しをアキラに投げる。

「こんな状況でいい気なもんだな、地球人」

「なってませんけど……? ていうか今の、なんだったんです? 言葉が全然わからなくて」

「逆ナンだ、逆ナン」ケヴがひらりと御者台に上がる。

「ぼくを?」

「正確には、一夜のお相手におまえを買いたがってた」

「マジで?」

「マジさ」

 アキラは頬を赤らめる。「物好きな人もいたもんですね」

「あたしのほうで断っといたが、悪く思うなよ」

「思いませんよ。手続きのほうは……?」

「つつがなく」

 ケヴが手綱を取り、馬車をゆっくりと本町通りに出す。

「いいニュースがある。受付から聞いたとおりの状況なら、当面の問題、なんとかなるぞ」

「というと?」

「ここ何日か、化けモンの動きが不活発らしい。村から五、六キロ奥に行かねえと出くわさないそうだ。近場での目撃例もない。人気のない場所を選べば、あたしらのやることに要らん注目を集めずに済む」

 アキラは腹の辺りが重くなるのを感じる。「やっぱり中で準備するんですね?」

「もっと冴えたやり方があるのなら、ぜひ教えてくれよ。時間と競争してんだぞ」

「そりゃそうですけど……」

「ところで」ケヴが突然リュシナリア語に切り替える。「共通語、わかるんだよな?」

「まあ、それなりに」

「読み書きは?」

「それなりに」

 ケヴが上着の内側から紐綴じの紙束を出してアキラに押しつける。

「『図鑑』だ」今度は日本語で言う。「目を通せ」

 なんの? と訊き返すまでもない。

 わら半紙にも劣る粗悪な紙に、これまた粗悪な版画で、クリーチャーの絵と解説が載っている。アキラはクリーチャーの線画をよく見る。西洋風の鬼といった風体で、見るからに醜悪。〝マイ・プレシャャャス〟のソドムだかゴモラだかに似ていなくもない。多言語から成る説明文のうち、リュシナリア語のものを読む。


   小人(小)

   小人種の最小眷属。身の丈四パド半前後。

   緑色の肌。旧カセリナ王国内に広く分布。

   森や洞窟で集団生活を営む。攻撃的だが

   力は強くなく、不注意かつ短絡的でもあ

   り、与し易し。ただし、一〇を超える群

   れには相応の警戒が必要。得物は主とし

   て粗雑な石器、木を削った槍や棍棒。旧

   カセリナ王国軍の武具や命を落とした冒

   険者の武具を帯びていることもあるため

   要注意……


 紙束をぱらぱらと繰る。

 アキラはみるみる気分が暗くなる。

 どれもガチで化け物じゃんか……




【感謝と謝罪】

誤字のご指摘ありがとうございます。修整いたしました。そして、10月13日にご指摘いただいたというのに、確認が今日になってしまい申し訳ありません。今後も何かあった際はお気軽にご指摘いただいけると助かります。

 あなた様が最悪の苦境の渦中からさえも栄光をつかみ取られんことを。




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