【進歩を司る神】
「もういいだろ?」とケヴ。「で、おまえは? 地球の兵隊でいいの?」
「違います。ただの学生ですよ。ていうか、ぼくのこと聞いてるんじゃないんですか?」
「異世界人ってことだけ。学生って大学の?」
「いえ、高校です。私立の高等学校」
「コートーガッコーね。どんなガッコ?」
「大学の一つ前の一般教育課程」
「そこじゃ軍事訓練、してんの?」
「まさか。フツーの勉強だけです。国語とか数学みたいなやつ」
「でも民兵みたいな形で戦争経験はある?」
「も、ないです」
「つーことは……ガチの民間人?」
「です」
「よくそんなんで追跡をかわしながら五〇人も殺せたな。いや、地球の銃がすげぇのか?」
「運が良かったんですよ」
と、そこで新着通知が届く。
要件は三つ。リアルタイム戦術マップの表示範囲が三キロメートル四方に拡大。脱出ルート変更。PDAに広域地図がダウンロード。
範囲が広がったリアルタイム戦術マップを見る。
現在地から二・五キロ北に〝the ROFT-CATHELINA border〟と付された点線が山形にぶら下がっている。
国境線だ。
脱出ルートはというと、道先で直角に折れてカセリナ国境を越えている。
そしてタスクバーに〝Map〟と書かれたアイコン。タップすると簡素な地図が全画面表示される。いびつな台形の中央に〝CATHELINA〟。各所に地名だか都市名。距離尺度からして南北に約三五〇キロ、東西に約四〇〇キロ。マップの縮尺は固定。スクロール不可。
その地図上を、脱出ルートを示す緑の点線がジグザグかつ斜めに縦断している。
終着点はカセリナ北西部と国境を接する(かなり見切れている)デルマール王国。スカリベド王国(やはり見切れている)の真上にある小国だ。ルートはデルマール王国のジェダイトなる場所を通り、表示範囲の外へ。
距離尺度(一五〇キロ)の両端に親指と人差し指を当て、カセリナ地図の脱出ルートに重ねてみる。すっぽり二つ入る。直線距離にして三〇〇キロ超。ジグザグだから実際はもっと……
しかし〝カセリナ〟? アキラは小首を傾げる。
地理の授業で、リラン先生がユーエリカ大陸の地図を地面に書いてくれたが……ロフト王国は北東でエクサリオ王国と、北西でスカリベド王国と接し、真北の広範囲は空白だった。てっきり山とか森の大自然が広がっているものとばかり思っていたのだが……その未開拓地の名が〝カセリナ〟?
「ケヴさん、ロフトの北にあるカセリナって、何かわかります?」
「約二〇〇年前に滅んだ王国」御者台から答えが返ってくる。
「滅んだあとは?」
「ノーマンズランド」
「へえ。一五〇メートル進んだら右に曲がってください。脱出ルートがカセリナを通ってます」
「は?」ケヴが血相を変えて振り向く。「カセリナ?」
「はい、そうなってま――」
「嘘だろマジかよ」
「何か良くない場所なんですか?」
「この世の地獄だ」
「〝この世の地獄〟?」
「いいから地図見せろ」
ぽつんと建っている大きな納屋の陰で馬車を停めると、ケヴがカセリナ地図を食い入るように見つめて、固定縮尺だとアキラが告げたにもかかわらず、ピンチアウトしようとする。
そして無表情に独り言ちる。「いくらなんでもこりゃ……」
「あの、この世の地獄って?」
「モンスターだよ。モンスターがはびこってる」
アキラはきょとんとする。「〝モンスター〟?」
「怪物、人外、呼吸する悪意、摂理を外れた悪しき存在――そういう連中だ。地球にはいねえの?」
「いません。あの、この世界には本物の怪物がいる?」
「腐るほど」
FPSとSFホラーアクションゲームを偏食し、ファンタジー全般にこれといって興味を抱いてこなかったアキラが思いつく怪物は、ゾンビやフランケンシュタイン、吸血鬼、宇宙侵略者、〝マイ・プレシャャャス〟のソドムだかゴモラだかいうアレ、あるいは河童のような妖怪がせいぜいだ。
「怒らないでほしんですけど、マジで言ってます?」
「マジもマジ、大マジだ。嘘ついてどうなるよ?」
「いや、でも……モンスター?」
ケヴが咎める目つきになる。「地理には明るくても、大事なことがすっぽり抜けてるみたいだな。パム=デ=クリム――聞いたことは?」
「ないです」
「進歩を司る神だ。魔王、悪魔とも呼ばれてる。ていうのも、二〇〇年前にご顕現あそばされたとき、人間社会にクソの塊をお投げ入れくださったからだ。モンスターカントリーっていうクソをな。
全力でクソをぶん投げられた被害国の一つが、カセリナ王国。逃げおおせた宮廷関係者の証言によれば、第一王子の成人を祝う夜会に、見慣れぬ美貌の青年が現れて言うにゃ、〝わたしは進歩を司る神パム=デ=クリムである。人類の大いなる跳躍を願って今宵、環境との摩擦という偉大な贈り物を進上しよう。堕落の極みにある貴国にはその肥しとなっていただく〟。すると、至る所から化けモンが現れたそうだ。怪物の大波に呑み込まれた王国はほとんど一夜にして滅亡。二〇〇万国民のうち、生存者は千に満たなかったらしい」
「〝被害国の一つ〟ということは、ほかにも?」
「あるよ、判明してるだけで世界中に七ヶ所。ユーエリカ大陸に二ヶ所。中央大陸から東方にかけて三ヶ所。植民地を絶賛建設中の余所の大陸に二ヶ所。ものの本によると、ほぼ同時多発だ。状況はカセリナとそっくし。腐敗国家と美貌の若者、大量虐殺宣言、人外魔境」
ケヴの淡々とした話ぶりが、アキラの地球仕込みの常識に新たな亀裂を入れる。
オーケー、この世界には、物理法則の耳をつまんで引きずり回すかの如き魔法が存在する。この目で見たし、殺されかけた。そんなくされワンダーランドには――魔王のくだりは大いに眉唾だが――くされモンスターだっているんだろう。リラン先生の授業でそこに一言も言及がなかった点は気になるけれど……しょせん語学メインの一般常識初級編みたいな勉強だったし、一日当たりの勉強時間も期間も短かったし、その後のカリキュラムにモンスター講座的なやつが組まれていたのかもしれない。
モンスター。
冗談だろ?
もしよろしければ、ブックマークや評価で応援していただけると執筆の励みになります。




