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【日本語】




 ハルドゼッヘ街道と並行に走っている農道に入って即、アキラは幌を外す作業――というか、車体の部分的な破壊作業――を手伝う。幌の枠は簡便な取り外しなどできず、残しておくと遠目にも目立つため、ケヴの指示のもと、渡された鉈で一本ずつ叩き斬る。枠の残骸は道端の畑の中に捨てられたが、小さく畳まれた幌は雨に備えて荷台に積まれる。

 ケヴが不要と判断した荷の半分も打ち捨てられる。中身は高価そうな衣類だ。

「兵卒どもが道中、田舎貴族の屋敷からかき集めた戦利品だ」とケヴ。「あたしにこの馬車をあてがった輜重隊のやつ、仲間から半殺しの目に遭うかもな」

「こっちの木箱は?」

「銀食器と陶磁器が入ってる。越境したら売っちまおう」

 歳相応に潔癖な性分のアキラといえど、この緊急時に盗品の売却をどうこう言うつもりはない。生存優先だ。あるものはありがたく使わせてもらう。

「こんなもんかな」

 ケヴが両手をぱんぱんと払い、だいぶスカスカになった荷台を見回して、アキラの左肩を指さす。

「傷、見せろ」

「いえ、大丈夫です。もう痛くないし」

「放置すると膿んだり熱が出たりするぞ。いいから見せろ」

 アキラは半袖をまくり上げる。ケヴが革袋のぬるい水をかけ、茶褐色に変色した血を洗い落とし、布で擦り落とす。手当てに慣れているのか、看護師みたいにテキパキしている。

「縫わなくても、ま、いけんだろ」小瓶の蓋をあけて、どろどろした灰緑色のペーストをすくい取る。「治療用の軟膏だ。これくらいの切り傷なら粗方キレーに治る」

 原材料が気になったものの、アキラは大人しく緑色のどろどろを塗られる。やけに沁みる点も、薬効成分のおかげだと信じることにする。

 仕上げの包帯を巻きながら、ケヴがPDAに注意を向ける。

「地球には紙の地図、ねえの?」

「ありますよ、紙の地図も」

「ふうん。はい、終わり」

「すみません、ありがとうござ――」

「その地図、ちょっと見せろよ」

 アキラが指南するリアルタイム戦術マップの見方を五分ほどで呑み込むと、ケヴが周囲の地形と見比べて、その精緻さに感心する。とりわけ、等高線の役割に感じ入る。自分の指でマップをスワイプさせたときはおっかなびっくりといった様子だったが、ピンチアウト/インで縮尺を変えたときには、テレビにかじりつく幼稚園児のような表情が浮かぶ。

 無暗にピンチアウト/インを繰り返すケヴを、アキラはさり気なく観察する。

 これが演技なら主演女優賞もの。

 文明の利器に初めて触れた未開人にしか見えない。

 そして、まったく演技に見えない。

 素に見える。

 さっきの件といい、どうやら本当に、お姉さんはこの世界の人のようだ。

「地球はイカれてんな」とケヴ。「どういう仕組みなんだよ、これ? 動力は?」

「電池です」

「デンチって?」

 実際なんなんだ、電池って? 確かプラス極とマイナス極の化学反応がどうたら……

「詳しいことはちょっと」

「よう、心配すんな。おまえ絡みで見たこと聞いたことは口外するなと、アルマ=クフに釘を刺されてる。わざわざ戦女神の怒りを買うほど、あたしのおつむは弱かねえよ」

「いや、隠してるんじゃなくて、ほんとにわかんないです。専門知識がないと仕組みを理解できない道具で溢れてますから、地球は。ぼくにわかるのは〝こうすればこうなる〟っていう使い方だけです」

 疑わしそうな視線をアキラに注いだあと、ケヴが何かに納得したかのようにうなずく。

「反射構造なんて聞いたことないやつでも望遠鏡を使える、みたいな感じか?」

「たぶんそんな感じ」

「ふうん。地球人にも仕組みがさっぱりな地球の道具を再現しちまうとは、さすが女神だな」

 ケヴがPDAを返して御者台に腰かける。

 馬車を出しながら荷台のアキラに言う。

「後方警戒を頼む。姿勢を低くしてろよ」

「了解しました。で、ケヴさんがアルマ=クフに命令された件なんですけど」

 アキラの声の微妙なニュアンスを正しく聞き取り、ケヴが短く笑い声をあげる。

「ま、戦女神どうこうなんて信じらんねえわな。神秘と奇跡が溢れるこの世界でも、神々との交流を口にするやつはペテン師と相場が決まってる。でもあたしに関しちゃ、ペテン師じゃない証拠がある。わかるか?」

 ケヴが肩越しに見やる。

 アキラは首を横に振る。

「おい、おい、トロいぜ。あたしらは今、何語で話してる?」

「日本語……ですね」

「そう、おまえの生まれ故郷の、異世界の、地球の、日本の、言語だ。念のために言っとくが、日本語なんてこの世界には存在しねえ。少なくともあたしは、そんなモン聞いたことも読んだこともねえ。ともかくだ、戦女神はおまえとの円滑なコミュニケーションのために、それと内緒話すんのにうってつけだからって理由で、あたしも日本語を喋れるようにした」

「どうやって?」

「話せるようにしてやるって言われた次の瞬間には、生まれたときから日本語で話してたみてえに話せるようになってた――そうとしか言いようがねえよ。地べたを這う人間風情にゃ、神の御業なんて理解不能だ」




【お詫び】

昨日、予約投稿ミスにより68話と69話を2連投してしまいました。エピソードを読み飛ばされた方がいらっしゃるなら、誠に申し訳ございません。以後気をつけます。ミスの要因と反省の意は活動報告(https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/1997145/blogkey/3720680/)に詳細をあげてあります。



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