【WO Kevium Floretari】
ケヴが質問に質問で返す。
「サロ帝国、知ってるか?」
「知ってます」リラン先生の地理の授業に出てきた国だ。「中央大陸の大部分を支配してる超大国」
「へえ? 無知じゃねえと。質問の答えだが、あたしは、友好国エクサリオの侵攻作戦を支援する軍事顧問の一員として秘密裡に派遣された、サロ帝国軍の大尉だ。あたしら帝国兵は全員、エクサリオ軍から〝特務技官〟っつー曖昧な身分を公式に与えられてる。軍事顧問団が万一捕虜になったとき、たとえ実情バレバレでも、帝国が関与を否定できるようにするための措置さ。〝口八丁手八丁で地位をせしめた傭兵か何かでは? うちに抗議されても困惑を禁じえんよ〟とかナントカな。だから表向きにはイエス、裏向きにはノー。
そしてサロ帝国も知らねえことだが、あたし個人は、裏向きの立場もノーだ。このへんの事情を必ずおまえに明かせとアルマ=クフに言われているから、明かすが」
「というと? つまり、裏向きの立場のことですが」
「ノアム王国、知ってるか?」ケヴがふたたび質問に質問で返す。
「サロ帝国の真下にある、イルジャン同盟諸国の一つ」
「ご立派。ノアム王国軍情報部所属准尉ケヴィイム=フロレターリ。それがあたしだ。わかるか?」
アキラは少し考える。「スパイ?」
「工作員のが通りがいいぜ。帝国軍に潜り込んで早五年だ。皮肉なことに、母国よりサロの連中のほうがあたしに対する評価が高くてな、敵地で出世街道を驀進中だよ」
「本名でスパイ活動?」
「ちげぇぇよ。おまえには本名を名乗ったんだ。隠す理由もねえし」
アキラは銃把を握る手をゆるめる。
鵜呑みにはできないけれど……エクサリオ軍のお仲間、というわけではないらしい。
ワルサーをホルスターに戻す。
ケヴが続ける。「つっても、ぜんぶさっきまでの話だよ。今のあたしは、ノアム王国軍情報部から見れば偽装が吹き飛んだと思わしき連絡途絶者。サロ帝国軍にしてみりゃ脱走兵。エクサリオ軍にとっちゃ軍需品略奪犯ってとこだ。この馬車、特命任務どうこうの法螺で輜重隊からだまし取ってやったんだ」
「ぼくを助けるために仕事を投げ出した上、祖国を捨てた――そういうことですか?」
「そうとも」
「アルマ=クフに命令されたって言ってましたけど、そこのところ、詳しく教えてくれません? そもそもの最初から」
「安全確保が先だ、ぼくちゃん」
ケヴが上半身を捻って振り向き、アキラの左前腕のPDAに顎をしゃくる。
「それが……地図なんだよな?」
「まあ、そうです」アキラは細かい説明を省いて答える。
「どれくらい詳しい?」
「かなり詳しいです。川とか森、畑、家、道――あらゆるものの位置関係と距離が正確に載ってますから。この景色の完全な平面図っていうか」
「マジか。そりゃすげえ。じゃあ裏道を探せるってことだな?」
「裏道?」
「ああ。人気者のおまえはもとより、あたしにも追っ手がかかるのは時間の問題だ。もし住民が残ってたら、背が高すぎるオトコオンナは目を引く上、記憶に残りやすい。加えて、さっきの二人の件がある。あの二人が報告を上げるタイミングにもよるが、遅かれ早かれ、連中はこの街道を中心にあたしの行方を探しにかかる。〝西部方面の長距離偵察〟っていう見え見えの餌に釣られようが釣られまいがな。つーわけで、裏道を探してくれ」
裏道は、ある。
しかし道路網が未発達な世界ときて、リアルタイム戦術マップの表示範囲も狭く、現状、大穀倉地帯の中を走る旧街道と農道くらいしか選択肢がない。
「ま、ゼロよりゃマシだ」とケヴ。
「でも人目があるかもですし……道の通ってない草原とか、どうです?」
「なんで道ってモンがあるのか教えてやるよ。楽に、安全に、遠くへ行くためだ。大地は真っ平じゃねえし、人の手が入ってない場所は地面がデコボコとくる。馬はタフだけどな、クソ重い幌馬車を牽いてデコボコのアップダウンなんか行かせてみろ、道を行く何倍も消耗させちまう。最悪、怪我させる。車軸とかそのへんがぶっ壊れる危険もある。理解したか?」
「カンペキに」
「安全面から言えば大回りの旧街道だが……農道にしよう。エクサリオ軍の作戦遂行速度からして、悠長にしてらんねえ」
「エクサリオの作戦というのは?」気になってアキラは尋ねる。
「要衝の多いデーエル地方、ここロフト北東部全域の、短期決戦による掌握だ。実際のところ、侵攻から二日めの今日の時点で、七割がた成功してる」
「七割?」
「おうともよ。侵攻初日の昨日、別の軍団がリッツを落とした。南にデカい山脈、見えるだろ? リッツはあそこの麓にある北東部の玄関口だ。要は、デーエル地方はすでに南部と切り離されて、蓋をされてる。で、今日中には一大食料生産地を束ねる城塞都市ハルドガルダは降伏するだろうし、明日明後日には、ハルド砦が国境の向こう側とこっち側から挟撃されて命運が尽きる。そのあとは消化試合さ」
当初の予定どおりに南下していたらとてもマズいことになっていたと知り、アキラは複雑な心地になる。気持ちを切り替えて言う。
「いっそのこと、脱出ルートを無視して西に逃げるのはどうでしょう?」
「撒いた餌のとおりにか? 裏の裏をかこうにも、賭率は絶望的だよ。西にも連山がある。ロフト東部と西部を繋ぐあそこの峠道も、侵略軍の封鎖対象だ。予定外の事態が発生していない限り、リッツを落とした軍団の一部がとっくに向かってる。ジジイの馬とオンボロ馬車じゃ、このレースに勝ち目はねえよ。
でもだ、北西の重要度は比較的低い。ハルドガルダを包囲中の軍団が北西部国境線を封鎖するのは、ハルド砦を落としたあとだ。あたしらはその前に、今日の晩飯時か、遅くとも深夜には、スカリベド国境を越えられる」
「国境を越えれば安全?」
「絶対とは言い切れないけどな。でも現場指揮官の首から上にちゃんと血が通ってるなら、人狩り部隊を表立って第三国に突っ込ませることはねえよ。戦女神にしても北西を指さしてんだし? 信じようぜ」
アキラは胸の中でつぶやく。黒幕野郎にはムカつくことが多いけれど、まあ、信じてもいいと。助けられているのは事実だ。
「農道、候補が三つあるんですが」
「追っ手の動きを見過ごさない範囲……この街道から半キロぐらいの距離がちょうどいいんだが、あるか?」
「ありますけど、近すぎません? 幌が目立ちますよ?」
「取っ払うに決まってんだろ。それでもあたしの肩から上がホイズの上に出ちまうが、半キロも離れてりゃまず見つからねえよ」
「ホイズ?」
「畑に茂ってる穀物。日本語的には麦。で、どっから農道に入れる?」
「すぐそこの横道」
【第お詫び】
昨日、予約投稿ミスにより68話と69話を2連投してしまいました。エピソードを読み飛ばされた方がいらっしゃるなら、誠に申し訳ございません。以後気をつけます。ミスの要因と反省の意は活動報告(https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/1997145/blogkey/3720680/)に詳細をあげてあります。




