【猜疑心】
「あの、もっと飛ばさないんですか?」と訊いてみる。
「馬がバテちまう。バテたら最後、この爺さんどもが回復するまで足止めだ」
「そう……なんですね。でもこの動物、馬とは違うような」
「日本語的にはそう呼ぶのが自然だろ。おい、荷台に移れ。地元民が残ってるかもだし、おまえの容姿は目立ちすぎる。目撃情報を残したくねえ」
もっともな言だったので、アキラは背もたれを跨いで荷台に移動する。袋や木箱がいくつも積んである。畳まれた毛布や寝袋らしきものもある。物騒な物もある。御者台の背に括りつけられたひと振りの長剣と、一挺の石弓。どうやら自衛用らしい。荷は両サイドの腰掛けも占領しており、空いている場所は後部の隅だけ。アキラはそこに座る。もっと質問したら怒るだろうか、と思いながら女の後ろ姿を眺める。それから、のろのろと流れ去ってゆく街道の風景に目を向け……即座に腰を浮かせて声を上げる。
「騎兵。騎兵が追ってきてます」
女が肩越しに振り向く。「何騎だ?」
「二騎」答えながら、女にも見えるようにアキラは脇にどく。
「距離は……半キロってところか」
「はい。でも近づいてます」
「そりゃ向こうのが速ぇからな。おまえは隠れてろ。御者台の後ろにスペースがあるだろ? そこで丸まって毛布を被れ」
「でもアレ、ぜったい追っ手ですよ?」
「んなこたぁわかってる。大丈夫だ、上手く誤魔化してやるから。ほら、見られる前にさっさと隠れろ」
不安は拭えないが、アキラは言われたとおりにする。御者台の背もたれと腰掛けの隙間で体育座りをし、膝のあいだに挟んだカービンを肩に預け、毛布を被る。鼓動が速まる。ホルスターからワルサーを抜いて、いつでも装填できるように左手をスライドにかけておく。
「ごそごそすんな」と女。「石みてえにじっとしてろ」
「ほんとに大丈夫なんですか?」
「任せとけ。さ、お喋りはしまいだ。連中が距離を詰めてる」
アキラは顔を伝い落ちる汗をぬぐう。息苦しい。ただでさえ真夏の炎天下だというのに、毛布を被っているせいでサウナみたいだ。
蹄の音がどんどん近づく。
ついには馬車に並び、男の声が何事かがなる。アキラに理解できたのは、ロフト語の響きに似ているということのみ。大方、馬車を停めろと命じたのだろう。というのも、揺れが小さくなって、馬車が停まったからだ。スライドをつかむアキラの左手に力が入る。
ふたたび男の声。その命令口調に、女がリュシナリア語で応じる。
「わたしもロフト語は苦手でね。ついでに言えば、エクサリオの騎兵将校さんたち、そちらの言葉も苦手だ。共通語はできるか?」
「やれ、助かった」男がリュシナリア語で言う。「地元言葉しか話せん田舎農夫かと思ったが、女、おまえ、見たところ商人の類か?」
「悪いが急いでる。ご用件は?」
「ふん、生意気な。まあいい。この辺りで誰か見かけなかったか?」
「誰も」
間。「荷を検めさせてもらうぞ」
マズい流れだ、とアキラがスライドを引きかけたとき、女が言うのが聞こえる。
「諸君らが捜しているのは、連発式マスケットがどうのと騒ぎになっている例の犯人かな?」
たちどころに男の声が尖る。「貴様、何者だ?」
女があくまで冷静に応じる。「口で説明するより見せたほうが早いだろう。今から認識票を出す。先走ってその石弓を撃つなよ……ほら」
チャラチャラと金属質な音。
「なんと。タクサティ・アフィシアリスでしたか」男の声は驚きと戸惑いを隠せない。
タクサティ――技術的な。専門の。精通した。
アフィシアリス――公吏。将校。役員。
技術者的な役職名か? とアキラは推測する。
「思い出した。確かにそうだぜ」もう一人の男の声が言う。「本部を出入りしてるの、見たことある。背の高い女将校が来てるって噂、聞いてるだろ? この人だよ。失礼、タクサティ・アフィシアリス殿」
「して、このような場所で何をなさっておいでなのですか?」最初の男が尋ねる。
「西部方面の長距離偵察に向かうところだ」と女。「我々の動きに刺激されたあそこの領主たちが軍を編成するのは間違いないが、領地防衛に留まるのか、討って出てるのか、見極める必要があるのでね」
「さようでしたか。しかしお一人で?」
「戦争に遭遇して這う這うの体で逃げてきた行商人、という設定だ。複数名で潜入を試みるよりも、女一人のほうが疑われん。もちろん、わたし以外にも何名か動いているが、特命任務につき詳細は控えさせてもらおう」
「分を超えた詮索はいたしません」
「で、荷は検めるのかい?」
「いえ、どうぞ、そちらの予定表に戻ってください。お時間を取らせたことは謝罪します」
「貴官らは自分の仕事をしただけだ。だろ?」
「そう言っていただけると。ちなみに、我々が追っている相手はかなり危険なやつです。恥ずかしながら、すでに五〇名前後の犠牲者が出ている次第でして。犯人は黒髪でやや小柄な体格の若者、連発できると思われるマスケットを所持――もしそのような人物を見かけたら、くれぐれもご注意を」
「了解した。とはいえ、貴官らのどデカい花火を遠目に見たぞ。あれならとっくに冥府にいるのでは?」
「だといいのですが。生死は今現在確認中です。とにかく、お気をつけて」
二頭分の蹄の音が来た道を戻っていく。幌馬車がふたたび動きだす。しばらくしてから、女が日本語でアキラに声をかける。
「まだ隠れてろよ」独り言のように付け足す。「上手いこと追っ払えたが、導火線に火が点いちまった」
「はあ」
と、アキラは生返事する。漏れ聞いた三者間の会話を反芻し、考えに没頭していたのだ。
「フロタールさん、でしたっけ?」
「フロレターリ」
「すみません、フロレターリさん」
「ケヴでいい」
「それが名前?」
「そ。ケヴィイム。短縮してケヴ。苗字を縮めたフローって愛称もあるが、そっちは好かねえ」
「じゃあ、ケヴさん。今の話、ぼくも聞いてましたけど、ケヴさんはエクサリオ軍の人なんですね?」このお姉さん、どうやら本物の異世界人のようだが、リランやみんなを殺した連中の仲間だったとは……
「表向きにはイエス。裏向きにはノー」とケヴ。「もう頭出していいぞ」
アキラは暑苦しい毛布を払いのける。走り去る騎兵たちの遠い背中を木箱の陰から窺い、すぐそこのケヴの背中を見上げる。われ知らず拳銃を握りしめる。さすがに銃口を向けるところまではいかないが。
「今の、どういう意味ですか?」
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