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【終わりの見えない鬼ごっこ】




 EK3に到着する直前、リアルタイム戦術マップの様相に若干の変化がある。

 脱出ルートは、EK3から約一・四キロ北にある交差路へ伸び、そこから〝ハルドゼッヘ街道〟とかいうやつに沿って北西へ。ルート上に新たなEK地点はなく、交差路にRENDEZVOUSの文字。

 アキラは眉をひそめる。

 ランデヴー?

 誰かと……落ち合えと? 誰と?

 疑問を胸に、きつい傾斜をのぼる足を速める。

 小高い丘の頂上に位置するEK3からは周囲一帯を見渡せる。

 薄い木立の北側に出、眼下に広がる麦もどきの海の先に目を凝らす。街道が交わる野原に幌馬車が一台。その傍に人影が一つ。確かに誰かいる。しかし目の鋭いアキラといえど、一・四キロも隔てた人間は輪郭くらいしかわからない。リュックサックから小型双眼鏡を出して構える。一〇倍率の鏡内像に、ほっそりした姿が映る。タイトなズボンに、丈の短い上着に、栗色の短い髪。若い男のようだ。なんだかイライラした風に、小さな円を描いてぐるぐる歩いている。誰あれ? あの人に会って……どうしろと?

 さっぱり意味がわかんない。

 ひとまず棚上げにして、意味がカンペキにわかる方角へ、南東へ、アキラは向き直る。

 アーベロン集落での待ち伏せが余程こたえたらしく(銃撃に倒れた歩兵と騎兵が一六人プラス三頭、CSガスの被害者続出)、およそ一〇〇名規模の人間狩り部隊は集落内とその周辺の野原に留まっている。そして追跡チームと手旗信号でやり取りしている。

 手旗信号係の胸甲騎兵一騎を含む追跡チームは四名。

 小川を渡り、すでにこの丘のふもとに達している。トリックに引っかかった様子はなく、的確で迅速。ガチのガチで鬼ごっこのプロだ。

 でも状況はそんなに悪くない、とアキラは思う。地形はこっちが有利だし、火力もこっちが有利だし、人間狩りの本隊は一・五キロの彼方。ケツに食らいついている追跡チームを排除すれば、逃走がいくらか楽になる。というか排除しておかないと、頂上からはランデヴー地点へ向かうこっちの動きがほとんど丸見えになる。ルートを遮断されたり包囲されたりする。

 独り歓迎委員会として、アキラはできうる最大限の準備を整える。

 逃走支援キットに用意されていた戦闘服一式と下着とブーツは、着替えている時間が惜しいのでリュックに突っ込み、発砲時の熱対策に指なしグローブだけ嵌める。同梱されていたライフル弾倉と催涙・発煙手榴弾を各ポーチに移し替えてから、アクセサリー類のテクニカルデータをひらく。装着は簡単そうだ。

 実際、簡単だ。フォアグリップのほうは、グリップベースの爪を好みの位置でハンドガード下部のダヴテイルに噛ませ、スローレバーを閉じるだけ。

 フォアグリップを使ってカービンを構えてみる。なんだかしっくりこない。装着位置を微調整してもしっくりこない。慣れの問題か、ぼくには合わないのか……。新しいことを試していられる状況ではないと判断し、取り外してリュックに放り込む。

 サプレッサーは装着までいかずに終わる。弾薬と自動小銃と減音器の三点は、組み合わせ次第で動作不良が頻発するのを思い出したのだ。しかも中口径は特にトリッキー。『SNAFU』では実戦投入前に〝射撃場〟での試射と調整が必須だった。ここには〝射撃場〟なんてないし、マウス操作でちょちょいと調整もできない。実銃の発射サイクル異常には具体的にどこをどういじったらいいのかもさっぱりわからず、テクニカルデータに詳しい記載もなく、そもそも試し撃ちできる状況にない。ここまでのいきさつからして、〝使え〟と用意されたものを素直に使っても問題ないように思えるが……結局、サプレッサーもリュックに仕舞う。

 アキラは林の中を一〇メートルほど移動して茂みの陰に身を潜める。追跡チームがゆるやかな東斜面の似非麦畑を掻き分けてのぼってくる様子がはっきり見える。傾斜度の都合で一時的に見失いそうだが、どこに現れるのかはわかっている。アキラ自身が畑から出た地点だ。草深いスロープを六〇メートルほど下ったそこへカービンを向ける。ふと思いつき、破砕手榴弾と催涙手榴弾を一個ずつ足元に置く。前者は接近されたときの備えに。後者は排除に失敗したときの備えに。

 第二の友となった精神的圧迫感が胸を締めつける。また不思議なことに、いやに落ち着いてもいる。感情の動きを他人事のように突き放した態度というか。俗人に達しうるインスタントな禅の境地というか。

 いろいろありすぎて、神経がおかしくなり始めているのかもしれない。

 アキラはアーベロン集落とその周辺を小型双眼鏡で走査する。手旗信号のほかに目につく動き、なし。別のチームを送り出す様子、なし。追跡チームの動向に注意を戻す。

 約五分後、まさにカービンを向けている先に四名と一頭が現れる。

 撃ち下ろすことで変化する着弾落差や弾道への横風の影響は、この近距離なら無視できる。

 最後尾を行く鞍上の胸甲騎兵にレチクルを重ねる。

 教科書どおりの〝後ろから前〟だ。〝前から後ろ〟は後続を警戒させるが、〝後ろから前〟は先行者の状況把握が遅れる。ゲームではそうだった。

 畑の中に隠れることができないよう四名全員が野原に出るのを待ち――

 ――奇襲開始。

 初弾が放たれた瞬間、三名が発砲地点のほうを見上げる。しかし回避行動を取らない。軽く屈んでおけば銃弾をよけられると言わんばかりに。

 胸甲騎兵の落馬と前後して第二の犠牲者が出ると、先頭の二人はやっと過ちに気づき、深い草むらに身を隠そうとする。高所を確保しているアキラからは一挙手一投足が見えている。

 伏せた二名も順次、強力な6・8ミリ弾に背中を貫かれる。

 おそらく即死二名。瀕死二名――片方の弱々しい這いずりが止まる。たぶん死んだ。もう片方は血反吐を吐きがら激しく咳き込んでいる。楽にしてやるべきだろうか? アキラが逡巡しているうちに咳が弱まって、ふつりと途絶える。たぶん死んだ。

 不意に訪れた静寂の中、自分の呼吸を聞く。銃撃を免れたハラスが逃げも隠れもせず佇んでいる。横たわる乗り手を鼻先でぐいぐい押す様をアキラはぼんやりと眺め……何か光った?

 




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