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【ボーナスステージ】




 どうやら相手は鬼ごっこのプロ。

 そんな連中に補足されている現状、ただ逃げるんじゃ追いまくられる。後手に回り続ける。遠からず体力が尽きる。そして殺される。

 追尾は避けられないにしても、あいつらの足を鈍らせないと。たとえ僅かでも、こっちが主導権を握らないと。

 向かいの畑の人声が途絶える。

 ガサガサいう音もやむ。

 もうすぐそこまで来ている。

 いくぶん冷静になった頭で、アキラは故障中のカービンを見下ろす。心のテープを巻き戻して、故障したときの状況を思い返す。通常よりも小さな銃声と反動――後者はなかった。前者は小さかったような……? 薬室の辺りから漏れ出る煙――なかった。撃鉄が落ちた音――は聞こえなかったが、その感触が指に伝わってきた。ボルト――閉じたまま。

 診断結果:よく調べないと原因はわかんないけれど、発射された弾が銃身に詰まる超危険なスクイブロードじゃない。

 なので『射撃ガイド』が推奨するとおり、インミディット・アクション、別名タップ・ラック・バン・ドリルを行う。

 タップ:弾倉の尻を叩き、ぐいと引き、しっかりと嵌っているか確認。

 ラック:チャージングハンドルを何度か引いて不発弾もしくはジャムの原因と思われる一発を排出、ハンドルをリリースして新しい銃弾を薬室に装填。

 バン:射撃続行。

 もちろん、射撃続行は相手の姿が見えてからだ。

 セレクターレバーをSEMIに合わせ、影の中で膝射姿勢を取り、茎の隙間越しに四〇メートル向こうの対岸を狙う。

 アキラが本当の意味で腹をくくったのはこの瞬間だ。

 ここまでは、明白な害意や殺意を持ってかかってくる相手へのリアクション、一種の反射運動、自己防衛のための殺人だった。

 ここからは先制攻撃になる。

 故意の殺人だ。

 それもこれも――

 ――現状がクソすぎるから。

 殺らなきゃ殺られるから。

 とはいえ、所詮はヤワな現代っ子。

 アキラは半ば無意識に、先進国生まれの倫理観をねじ曲げにかかる。

 さ、ボーナスステージだ、と胸の中で軽口を叩く。中世スタイルのネアンデルタール人どもを自動小銃の圧倒的な優位性でキルしまくるボーナスステージ。

 でも油断禁物。

 機動力に優れる騎兵の存在が、こっちの火力のカウンターバランスになっている。

 しかもネアンデルタール人どもは大砲を持ってる。マスケット銃も持ってる。クソ恐ろしい魔法まで使う。ハルドガルダ市で見たロフト軍の兵科と装備が異世界の標準なら、魔法使いにしろ原始的な火器にしろ、数は多くないっぽい。が、マスケット銃兵と魔法使いがこの鬼ごっこに投入されていないとも言い切れない。思い出されるのはロフト兵に雨あられと降り注いだ、あの火の玉。アレを撃ってくるだろうか。エイリアンより賜りし近未来架空・現代兵器というチートがささやかに思えてくる、あの超自然的な60ミリ迫撃砲弾を。あるいは、市壁を吹き飛ばしたあの凄まじいやつを。

 銃把を握る右手が石みたいにガチガチになっているのにアキラは気づく。アドレナリンの奔流のせいで震えてもいる。何度か握ったり開いたりして、力を抜く。尻を載せた右の踵にしっかり体重を預け、立てた左膝と左肘で垂直の骨格の支えを作る。その左肘が膝蓋骨に乗っかっているので少し前にずらし――骨と骨の接触は不安定でグラグラする――膝に三頭筋をあてがう。反動を制御しやすいように上体を深く屈めたのち、鼻から吸い、鼻からゆっくり吐き、呼吸を落ち着かせる。適切なストックウェルドを得るべく首の力も抜く。〝溶接〟された感覚がやってくる。

 対岸に動き。

 茂みの中の人影が、血の海に沈む人馬のほうへガサガサと駆けてゆく。

 ほかのエクサリオ兵はそろそろと出てくる。

 一人、二人……

 三人まで数えたところで、アキラは引き金を絞り込む。

 五発撃ち、二人がその場に倒れ、一人がスロープを転がり落ちる。人馬の傍の連中は姿勢を低くして、倒れた仲間と発砲音の両方へ忙しく首を巡らせている。アキラはその四人も撃つ。が、またもや動作不良。事故に繋がる兆候はないのでタップ・ラック・バンで解決し、四人とも仕留める。

 今更ながら気づく。

 なんか銃声が小さくない? ああ、ノイズキャンセリング回路。おかげさまで射撃のストレスがずいぶん軽減されている。

 さておき、一ヶ所に長く留まるのは自殺行為。

 動け動け。

 置き土産の催涙手榴弾を、地面すれすれのアンダースローで遠くへ転がす。安全レバーのリリースから大して間を置かずに上下の放出口から火花が派手に散って、危うく火傷しかける。くっそ、忘れてた。ゲームでも特殊目的手榴弾の遅延信管は極端に短く設定されてたじゃんか。

 シューと噴出し始めたCSガスに自分までまかれないうちに、アキラは川向こうの畑を窺いながら小走りに上流を目指す。

 約二〇〇メートル進んだとき、後方で悲鳴と怒声が上がる。

 聞こえてくる騒ぎからして、増強CSガスは相当キツイようだ。

 これでちょっとは足止めになるはず。

 PDAを見る。道先にアーベロンなる集落と、畑を分断している幅八〇メートル前後の野原。自動小銃の射程を活かす待ち伏せにうってつけ。待ち伏せ後は発煙手榴弾で行動をマスクし、足止めの催涙手榴弾も投じ、集落東側の畑に向かい、例のトリックでミスリードを交えつつ弧を描くように北西のEK3を目指す。

 再補足されるのは確実でも、目的地へ一直線に進んで行動を読まれるよりは断然マシ。

 いけるか?

 リアル指向の『SNAFU』でプロに上り詰めた勘は〝いける〟と言っている。理性の声は〝へなちょこゲーマー風情がピコピコの経験で実戦やるとか無謀すぎて草〟と言っている。

 どっちにしろ、やるしかない。

 ボーナスステージをクリアせよ。

 余裕を持って野原を渡るべくアキラはペースを上げる。


 


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