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【追跡】




『ライフル射撃ガイド』は謳っている――「すべてが正しく行われると、反動がおさまった時点で照準点は発砲前と同じ位置に戻ります。このNPOAの維持・継続が、射撃場においても戦場においてもマークスマンシップの基本です」

 アキラは嘆息する。

 付け焼刃でどうにかなることか、これ?

 意識しなきゃいけないことが多すぎる。

 というか、腐るほどの反復練習で筋肉に定着させなきゃいけないことが多すぎる。しかも左利き人間には不自然さをぬぐえないやり方で。

 軍人さんが射撃訓練にたっぷり時間を割くわけだ。

 そろそろここから動くべきだが、とても気になるチャプターが、もう一つ。

 ファイアアーム・マルファンクション――動作不良と診断材料、その解決策。

 今のところ実銃の動作不良は経験していないが、『SNAFU』のケースレス弾は弾薬不良が原因のミスファイアが結構な頻度で発生していた。このクソいまいましいリアル危険地帯には、銃の動作不良をたちどころに解消してくれるキーボードのNキーはない。スクイブロードに代表される致命的なマルファンクションに気づかず自滅しても、リスポーン地点からやり直すのも叶わない。

 アキラは各種動作不良・診断材料・解決策を短期記憶に刻みつける。ほかの強調表示チャプターに載っている立射・膝射・屈射・座射・伏射のバリエーション、計一四種の模範ポーズ集を二〇秒ほど眺め、その全体像と細部と注意点を、短期記憶仲間に入れてやる。

 お世辞にも準備万端とは言えない。

 が、本当にもうここから動かないと。

 EK2はすぐそこだ。


 辿り着くと同時に、EK3がマップの表示範囲ギリギリの位置に登場する。

 そして生い茂る麦もどきの根本でEK2の支給品を確認している最中、アキラはモノホンの軍隊の追跡能力の高さを思い知らされる。

 支給品はというと――

 ベルトホルスターに挿してある装填済みのワルサー9ミリと予備弾倉二個。

〝GRENADE,HAND.FRAG.DELAY.M67〟と書かれた破砕手榴弾が四個。

〝M83 SMOKE TA〟と書かれた発煙手榴弾と〝M7A3 RIOT CS+〟と書かれた増強催涙手榴弾が二個ずつ。

 加えて、垂直フォアグリップと、複数口径対応QDサプレッサー。

 形と大きさからしてこうしかないだろう、と破砕手榴弾を小ぶりなポーチに、発煙手榴弾と催涙手榴弾を立方形のポーチに収める。ベルトホルスターは(奴隷ズボンにはベルトなどという気の利いたものはないので)脇腹のウェビングに留めておく。ベストがだいぶ重くなる。何ひとつ捨てる気になれないから仕方ない、と重さを受け入れて、アキラは装備一覧表をひらく。先刻の通知どおり、参照可能なテクニカルデータが増えている。

 フォアグリップの装着方法を調べようと――

 ――何か聞こえた気がする。

 耳を澄ます。

 聞こえる。

 カチャカチャと微かな金属音。

 それから、抑えたくしゃみ。

 ぎょっとするほど近い。

 アキラはPDAをスリープモードにしてスクリーンの目立つ明かりを消すと、リュックにアクセサリー類を放り込んで背負い直し、バックトレイルにカービンを向ける。

 息を詰めながら、避難勧告が間に合わなかった農夫か何かであってくれ、と切に願う。

 鬱蒼と茂る茎の隙間越しに下半身の一部が垣間見える。折り返し付きのくたびれた半長靴が二足、やや速い足取りで近づいてくる。残り三、四メートルで上半身がはっきりする。

 鉄兜と胸甲。灰色の衣類。エクサリオ兵が二人。

 どちらも地面を見、獲物の足跡を辿るのに夢中になっている。

 片方が不意に顔を上げて、茂みの暗がりに潜むアキラを直視する。その目を見開き、相方に警告らしき声を発しながら、流れるような動作で長弓に矢をつがえようとする。が、先んじて発射されたライフル弾を胴体に食らって二人とも倒れる。

 とたんに、やや離れた場所から問いかけるようなカエル言葉の大声。

 ダッシュしたアキラの背後で命令口調のがなり声が連続し、強風が吹き荒れたかのような葉擦れの音と、地響きじみた音が沸き起こる。

 あちこちでガチャガチャ、カチャカチャいっている。

 走る兵士の装備がぶつかり合う音。

 畜生、めっちゃたくさんいる。

 アキラはがむしゃらに一〇〇メートルほど駆けると、見通しの悪い環境で敵プレイヤーの追尾をかわしてきた十八番の手に望みをかけて、唐突に進路を変える。右へ九〇度折れたことに深い考えはない。衝動に任せてそっちへ向かっただけだ。

 いよいよ息が切れてきたとき、不意に視界が開けて小川沿いの農道に――路上の騎馬グループの真正面に――飛び出す。先頭の軽騎兵が望遠鏡を向けているのは、畑の中の歩兵突撃のほう。後続の三騎もそっちに顔を向けているが、即座にアキラに気づき、各々サーベルを抜きながら拍車をかける。

 にわか仕込みの学習内容がすっかり消し飛んで頭が真っ白になり、アキラはNPOAもクソない腰だめのフルオートで銃弾をばら撒く。たった二五メートルの距離で掠りもしない。銃声に驚いたハラスが棹立ちになっただけ。そして二〇発かそこらで勝手に連射が止まる。引き金を引き直す。反応なし。

 マルファンクション。

 何しろ頭が真っ白なので、アキラは何をどうやって故障を直すのかわからなくなる。一秒かそこら呆然としたのち、別の武器に手を伸ばす。拳銃を抜く代わりに手榴弾ポーチをまさぐったのは、〝チュートリアル〟のときの印象が強かったから。

 ピンを抜いたM67を目いっぱい投擲する。

 いち早くハラスを落ち着かせた一騎が、あろうことか、ひょいと片手を伸ばして手榴弾を宙でキャッチし、ほら見ろよなんだこれ、という風に隣の騎兵に差し出す。ダークユーモアを煮しめたような光景に一瞬目を疑ったあと、アキラはカービンを抱えて地べたに伏せる。

 妙に迫力の欠ける爆発音が響き、左の肩甲骨のあたりにチリっとした痛みが走る。

 破片が一つ掠めたらしい。

 数百の破片とコンポジットBの爆風を至近距離でもろに浴びた四騎のほうは、見たところ、立ち上がろうともがいている二頭のハラスを除いて生者の姿なし。

 畑から人声が近づく。

 アキラは農道脇のややきついスロープを駆けくだって浅い川をばしゃばしゃ渡り、対岸のスロープを駆けのぼって隣の畑に入る。PDAを叩き起こして現在地を確認する。脱出ルートから逸れたものの、誤差の範囲。川沿いに北上すればEK3の近くに出られる。急げ、と足を踏み出しかけたところで、思い直す。

 詰む。

 ただ逃げるんじゃ詰む。




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