【二段階調整】
今や懐かしさすら覚えるマルチプレイの装備設定画面。この緊急時に〝WEAPON〟と〝AMMUNITION〟の項目をわざわざ開いたのは、『SNAFU』で狙撃銃や選抜射手ライフルを使っていた経験から、カービンと使用弾薬の精度が気になったせい。
XM2038のテクニカルデータを表示して精度の欄を探す。2MOA。抜群じゃないけれど、悲観するほど悪くもない。軍用自動小銃としては上等の部類。
続いて、ケースレス6・8ミリ弾のBC(弾道係数)。G1BCモデルで0・5。G7BCモデルで0・256。自動小銃やSAWでばら撒く弾のくせして、砂ライフルで最初期に使っていた軍用7・62ミリ競技用弾薬のBCとほぼ同じ。
つまり、このカービンと弾薬のコンビネーションは、射距離一〇〇メートルで直径六センチ弱の範囲に銃弾を集中させられる。デフォルトの零点規正距離/バトルサイト・ゼロの三〇〇メートルで、直径一七センチの範囲といったところか。
もちろん、実銃でその距離を狙えるかどうは別問題。
そしてもちろん、適切な光学照準器を備えていなければお話にならない。
この強い風の中じゃ、ホロサイトの対応距離はいいとこ二〇〇メートルちょい。目分量で風を補正したところで外すのがオチだ。
カービンを構えてホロサイトを覗いてみる。
周辺光が強すぎてレチクルが見づらい。
テクニカルデータで操作部位を確かめ、光度を上げる。
唐突に〝ピピピ〟と柔らかい電子音がして、アキラの心臓が跳ねる。あたふたと見回し、思い出す。新着通知の合図。読み上げ機能の存在をすっかり忘れて、PDA本体を操作する。メールBOXに〝必読〟と題されたPDFが届いている。
ひらくと、まず表紙が映る。
上端にデカデカと『初心者ライフルマン雨宮アキラくんのためのライフル射撃ガイド』なるタイトル。レイアウトはたくさんのスナップショット。ワルサー9ミリの弾倉を力任せに引き抜こうとしているアキラ。XM2038のうっかりフルオートで尻餅をつくアキラ。MナントカSBRの連射に振り回されているアキラ。不可解そうな顔でPDAに手を伸ばしているアキラ。乳首に吸い付く仔牛のようにゲータレードをぐびぐびやっているアキラ。下の隅に、どこか見覚えのある〝DON’T PANIC!〟のロゴ。
マジざけやがって……
いつどこで撮ったんだよ、こんな写真。
しかし射撃ガイド?
実際的な興味からアキラは目次に目を走らせる。
今すぐ参考にできそうなチャプターがチラホラある。ゼッタイ読めと言わんばかりに蛍光マーカー風に強調表示されているチャプタータイトルもある。ぱっと目についた〝各射撃姿勢の共通ファクター〟をアキラは頭出しする。簡明な説明文を拾い読みし、何十点にも及ぶ模範ポーズのイラストを眺めてから、ほかのチャプターも拾い読みしてみる。
なるほど……これだけでわかった。
まさにぼくがやっていたように、ど素人が実銃をなんとなくのイメージで好き勝手に撃つと、当たるものも当たらなくなる。
現実問題、さっきの騎馬突撃じゃ、命中弾が少なすぎて肉薄され、焦りまくって連射に頼り、その反動を制御できずますます焦り、にもかかわらず〝狂気の一分〟的な乱射でどうにかこうにか突撃を阻止できたのは、純粋にツイていただけの話で……
またぞろ交戦状態に陥ったとき、乱射で切り抜けられるかどうかは極めて怪しい。
それでいくと、このふざけた表紙の『射撃ガイド』は福音、救済だ。
しかし悲しいかな、『射撃ガイド』を基に素人射撃術を矯正している余裕が、アキラにはない。
水車小屋のほうに集まっていた軽騎兵が追ってきているかもしれない。
本格的な人間狩り部隊が編成されてそっちも追ってきているかもしれない。
EK1に着いてから何分経った? 五分? 一〇分?
動かなきゃ。
どんどん距離を稼がなきゃ。
アキラは地球の配達業者みたくPDAをアームバンドに取り付けると、カービンのスリングを肩にかけてEK2への移動を開始する。
相変わらず風が強い。
生い茂る麦っぽい植物をかき分けて走るアキラの動きをマスクしてくれるほどに。
とはいえ、風は終始、強まったり弱まったり、吹いたりやんだりする。
視点の高い軽騎兵に見咎められるのを警戒して、風が弱まるとアキラは移動速度を落とし、やむとその場にじっとする。
その僅かな無風休止で、移動中の思いつきを試してみる。
タスクバーのメディアプレイヤー。
いけるか?
いけた。
ドラッグ&ドロップで、PDF丸ごとでも、チャプター単位でも突っ込める。
『射撃ガイド』の強調表示チャプターを上から順にメディアプレイヤーに取り込んで、再生をタップする。女性ニュースキャスターを彷彿とさせる平坦な抑揚の日本語がイヤプロから流れ始める。周囲の物音がわからなくなるほど大きくも、案内が聞き取りづらいほど小さくもない程度に、ボリュームを調節する。
交戦地帯でハイテク二宮金次郎スタイルの即席学習を敢行するのはあまり賢いとは言えないが、マルチタスク人間のアキラは、音声案内と周囲の物音、どちからか一方を疎かにすることなく、耳を傾ける。
音声案内は〝安全規則〟で始まる。たとえ未装填でも装填してあるかのように銃器を扱うこと。はいよ。撃つつもりのない物体ないし方向へ銃口を向けないこと。はいよ。実際に射撃を行うまでは安全装置をかけておくこと。はいよ。射撃を行うその瞬間までトリガーには触れず、人さし指を斜め上に伸ばし、ふとした弾みで指がトリガーガード内に入る危険が低いレシーバーまたはフレームに添えておくこと。アキラはそうする。
音声案内が〝ライフル射撃の基礎〟の朗読に移る。
その途中で風がやむ。
ふたたび吹き始めるまで、聞いた部分の実践にあてる。
〝ライフル射撃の基礎〟は大雑把に言って二段階。
ハードウェアの調整と、ソフトウェアの調整。
『射撃ガイド』を参考に、アキラは伸縮型ストックのラッチを押して1ポジションずつ伸ばしては片膝立ちでカービンを構え、六段階の伸縮をすべて試す。小柄なアキラでも五段階の伸長がしっくりくる。この〝しっくり〟が大切らしい。『ライフル射撃ガイド』によると――
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