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【逃走支援キット】




 危うく見逃すところだ。

 麦っぽい植物の薄暗い根本で、黒いハードケースは影に紛れかけている。

 ゲームで見たとおりの逃走支援キット。これにはパラシュートが付いていないものの、再現性がえらく高い。エイリアンのやつ、洋ゲーのファンなんだろうか?

 アキラは〝THIS SIDE UP〟と刻印されている蓋を開ける。旅行用大型トランク並みの容量の大部分を占めるのは卵のカートン状の発泡材で、物資自体は少ない。

 迷彩柄のウェビング付きリュックサック。

 大小数種類のポーチがウェビングに留めてあるモジュラーベスト。

 アームバンド。

 ベルト付きのコンパス。

 黒い腕時計。

 小型双眼鏡。

 予備とおぼしいPDAと保護ケース。

 電池の収まった充電器とマイクロUSB。

 ヘッドフォンみたいなやつ。

 アイプロ。

 プロテインバーの紙箱。

 ゼリー飲料が半ダース。

 それから、ミネラルウォーターとスポーツドリンクのボトルが各二本。

 アキラは真っ先にスポーツドリンクを手に取る。たったいま冷蔵庫から出したみたいにキンキン冷え冷えだ。もどかしい思いでキャップを外し、半リットルの液体を一息に飲み干す。もう一本飲みたいけれど、水っ腹になって走れなくなる。代わりに、ゼリー飲料のパックを握り潰すようにしてグレープ風味の冷たいどろどろを啜り上げる。

 で……肝心の武器は?

 ピストルすらなし?

 と、物資の載った底面の隅が浮いているのが目に留まる。めくると小尾板が覗く。二重底か。どうりで土台がやけに分厚いと……

 アキラはモジュラーベストとアームバンドを脇にどけて、ほかの一切合切をリュックサックに放り込み、底面を取り払う。あらわになったのは、型抜きされた発泡材にすっぽり収まっている自動小銃。〝チュートリアル〟で使ったばかりのXM2038。今回のカービンはスリング付きだ。

 モジュラーベストはアキラの体格にはぶかぶかだが、腹のストラップを調節することで多少マシになる。五個用意されていた弾倉のうち、四個を腹のポーチに入れてフラップを閉じ、一個をカービンに挿し込む。機械的な振動音が響く。逃走支援キットの蓋に放り出していたPDAが控えめにヴーヴーいっている。

 タッチスクリーンに触れる前にバイブレーションが止まる。新着3。

〝警告〟と題された一件めのメッセージは短い。

   

【警告】

 500m制限

 装備品から500m以上離れた状態で180

 0秒経過後、当該装備品は消失します。置き

 忘れ等にご注意ください。


 アキラはふんと鼻を鳴らす。『SNAFU』にはなかった要素だ。どうやら、エリアンは技術流出をお望みではないらしい。

 二件めのメッセージも短い。アイプロ(眼球保護器具)の紹介で、ゲームでは爆発物や銃弾の破片に視覚を奪われないための必需品だったが、リアルでは、発射薬の燃えカスやその他異物からも保護してくれる射撃の必需品と書いてある。アキラはサングラス風の洒落たアイプロをかけ、脱落防止のヘッドバンドを後頭部にひっかける。

 三件めのメッセージは、少し長い。


 【読み上げ機能について】

  ブルートゥース対応イヤプロ(聴覚保護器具)

  の支給により、メッセージの読み上げ機能が

  アンロックされました。イヤプロ装着時はハ

  ンズフリーで新着メッセージの内容をご確認

  いただけます。

 【使用方法】

  イヤプロ装着後、新着メッセージをお報せす

  るビープ音が聞こえた際はマイクロホンに

 「スタート」と命じるか、ブルートゥース対応

  ボタンを一度押すことで、読み上げが始まり

  ます。項目を飛ばすときは「スキップ」と命

  じるか、対応ボタンを二度押してください。

  読み上げを停止する際は「ストップ」と命じ

  るか、対応ボタンを約三秒間、長押ししてく

  ださい。これらはPDA本体のメディアプレ

  イヤーでも操作可能です。

 【重要】

  イヤプロに内臓されているノイズキャンセリ

  ング回路は、鼓膜にダメージを蓄積して恒久

  的な聴覚障害を引き起こす140デシベル以

  上の騒音や、85デシベルを超える警戒域の

  音量を82デシベル以下に抑えて使用者の耳

  の健康をお守りします。

  *イヤプロを装着する際はヘッドストラップ

   を調節してジェルパッドが耳をしっかりと

   覆うように装着しください。また、必ず両

   耳でご使用ください。装着が緩すぎる場合

   や片耳で使用すると、ノイズキャンセリン

   グの効果が正しく発揮されず周囲の騒音が

   聴覚障害をもたらす恐れがあります。

  *右利きの方は左耳側に、左利きの方は右耳

   側に、マイクロホンを取り付けてください。

   左右逆の取り付けは銃器操作の邪魔になる

   恐れがあります。

  *イヤプロの立体集音機構はノイズキャンセ

   リング作動時も正常に保たれます。

  *連続使用時間はCR123電池(x2)で

   250時間、AA電池で130時間です。

  **騒音の多い環境ではバッテリー消費量が

    増えるためご注意ください。

  **気温が極端に低い環境ではバッテリー消

    費量が増えるためご注意ください。

  **音声案内の使用はバッテリー消費量が増

    えるためご注意ください。


 アキラは一四〇デシベルや八五デシベルがどれくらいの音量なのか見当もつかず、銃声が何デシベルなのかも知らないが、たくさん撃つと耳鳴りがする、という経験則を得たばかり。ヘッドフォンみたいなやつ――イヤプロをリュックサックから出して、右耳側にマイクロホンを挿す。ジェルパッドがぴたりと吸い付き、耳が完全に覆われて、何も聞こえなくなる。電源ボタンを押すとアクティブモードに切り替わり、音が復活する。風や葉擦れの聞こえ方は……装着前と一切変わらない。まるで何も付けていないみたいだ。“最適なボリュームは六〇から八〇デシベルの範囲”との指示どおり調整する。未だ難聴気味の耳でも環境音がいくらかクリアになる。

 アームバンドを前腕に巻きつけながら、マイクに向けて日本語で囁く。

「こちら地球人、応答せよ。どーぞ」

 応答なし。

 でも宇宙人野郎が盗み聞きしているのでは?

「助けてくれてありがとうございます。でも地球に帰してください。お願いします。なんでもしますから、今すぐ家に帰してください。家族に会いたいんです。こんなところにはもう一秒もいたくありません」

 変わらず応答なし。

「せめて……質問に答えてくれませんか? 誰か知りませんけど、あなた方がぼくを――ぼくらを、この世界に連れてきたんですか? それとも、別の連中がぼくらをこの世界に連れてきて、それを見かねてさっき助けてくれたんですか?」

 だんだん腹が立ってくる。

「なあ、マジで何をさせたいんだよ? 目的は何? 目的を教えてくれたら、それと家に帰れる切符をくれるなら、上手に踊ってやる。約束がほしい。家に帰すって約束が」

 アキラは懇願し、罵倒し、挑発し――「隠れてコソコソやるしか能がないのかよ、くそ宇宙人ども!」――また懇願する。

 今度はだんだん虚しくなってくる。

 送信機能か何かをアンロックする必要があるのか、単に無視されたのか……

 なんにしろ、銃声で耳がイカれかけている絶妙なタイミングで『SUNAFU』には登場しなかったイヤプロ支給。完全にモルモットの身体的限界値を測るストレステストだろこれ。

 けっ。

 四件めもアンロック通知だ。


 【装備一覧表】

  装備一覧表がアンロックされました。今後は

  新規受領装備の情報が自動的にダウンロード

  されます。装備の不明点などは〝EQUIP

  MENT〟の装備一覧からご確認ください。


 いったいどこからダウンロードされるのかはともかく――くされマザーシップだろうか?――アキラはEQUIPMENTをひらく。




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