【FPSは裏切らない】
直ちに複数の蹄の音が追いすがる。騎手の一人が何か叫ぶ。〝いたぞ!〟とでも言ったに違いない。
今回、アキラはぎりぎりまで追いつかれるのを待たず、穂先の隙間から覗く先頭の軽騎兵に向けてカービンを構える。ドットを重ねて、発砲――それだけのことがなんでこんなに難しいんだ? ドットを騎手に重ねようにも、酸欠気味の肺が空気を貪るたびに照準が上下左右にぶれて、狙いが定まらない。何より、〝また命を奪うのか?〟との抜き差しならない葛藤がある。しかし相手はサーベルを抜き放ち、こちらの命を奪う気満々で突撃してくる。ままよ、とアキラは引き金を引く。
一ミリも動かず。
安全装置! 安全装置を外せ、この馬鹿!
アキラは焦る親指でセレクターを回転させる。三〇メートルの距離に迫った騎馬に向けて、ふたたび引き金を引く。
秒間一三発の発射速度で弾丸がばらまかれ、銃口がどんどん上を向き、6・8ミリ弾の反動を受け止めるには軽すぎるカービンの重量と、初めて体験したライフル弾のキックと、お粗末な立射姿勢のせいでアキラの上半身が仰け反り、しまいには尻もちをつく。銃弾の多くは青空へ旅立ったものの、最初の〇・五秒で穴だらけにされたハラスと騎手がどすんと重い音を立てて植物の海に沈む。
立ち上がる暇もなく至近に別の騎馬が現れる。
アキラはろくに狙いも定めず、拳銃より重い引き金を小刻みに引く。
ハラスの優美な首筋の背後でぱっ、ぱっ、ぱっと赤い霧が幾つも弾け、数発が騎手の背中側にもぱっ、ぱっと赤い霧を散らせる。
お次は左側に、羽根飾りのついた三角帽。
アキラはそちらに銃口を振り、発砲する。
結局、尻もちをついたまま七騎を撃退してのける。
半透明の弾倉を確認する。残り二五発かそこら。最初の弾倉はとっくに空だ。ハンドガードが火傷しそうなほど熱い。けたたましい銃声のせいで耳が痛い。五人めのサーベルがかすめた肩も痛い。病院に駆け込みたいレベルの出血だが、ぼろ着の切り口から覗く裂傷は、ごく浅い。二の腕を伝い落ちるぬらぬらしたやつはそのうち止まるだろう。止まってくれ。残りの連中はどこだ?
立ち上がり、首を伸ばして騎兵隊の残党を探す。残りの四騎は雑木林の際、距離一二〇メートルの地点に停止中。二騎はハラスの上に騎手の姿がある。ほかの二騎はハラスの上に乗り手の姿がない。流れ弾に当たって落ちたとか?
穂が大きく揺れるのを視界の端で捉え、弾かれたようにそっちを見る。騎馬突撃になぎ倒された植物と、大地に血を吸わせているハラスの向こうに、騎兵装束の二人の男。二人とも目立つ三角帽を脱いでおり、両者の手には短銃身のマスケット銃。ほんの六メートル先にいる二人組を、アキラは愕然とした面持ちで見つめ返すことしかできない。そういうことか。ハラスを下りて、徒歩で忍び寄ったのか。相手の銃はこっちを向き、ぼくの銃は地面を向いてる。もう駄目だ。
騎兵二人が引き金を引く。
信じがたいことに、この至近距離で一方は鉛玉をはずし、もう一方に至っては、マスケット銃が火を噴かずに終わる。相手の様子からして、故障か何からしい。アキラはカービンを振り上げて腰だめで連射する。なぜそうしたのか自分でもよくわからないまま、折り重なるようにして倒れた二人の騎兵に歩み寄る。一人は即死、一人は虫の息。その青い瞳が読み取りがたい感情をたたえてアキラを見上げる。長くはかからない。痙攣的な浅い息で身を震わせたのち、視線から焦点が失われ、死者のみが見ることを許されたどこかに据えられる。
終わりにしたい、とアキラは心の底から願う。殺されそうになるのも、殺すのも、もう終わりにしたい。銃を放り捨てて投降しよてみようか。無駄だ、血が流れすぎてる。間違いなく八つ裂きにされる。だから? これ以上赤の他人を手にかけるくらいなら、いっそのこと殺されるほうが――
落ち着け。
本当に、殺される覚悟があるのか? 死んですべてを終わりにしたいのか?
本気か?
アキラは足元の亡骸を見下ろす。その穏やかな顔を。精気の抜けた瞳を。
いやだ……死にたくない。
ぼくは生きたい。
何をおいても生きたい。
大音声が響く。残りの二騎がいる方向だ。付近の友軍を呼んでいるのか、不意打ち要員に安否を問うているのか……。アキラは穂を揺らさないように注意深く一〇メートルほど横手に移動し、小尾板をしっかりと肩付けしてXM2038を構え、皮肉な思いでセレクターをSEMIに合わせてから、望遠鏡を覗いている左の騎兵に狙いをつける。彼らを見逃すべきか迷いを覚え……冷酷無情な判断を下す。こちらを補足している騎兵の存在は危険すぎる。
鼓動が、どこか遠い世界で激しく打っている。
肉体は概ね、意思の統御下にある。
呼吸が落ち着き、ドットの揺れ動きが小さくなる。
望遠鏡がまともに自分のほうを向いた刹那、アキラは発砲する。発射炎と跳ね上がった銃身に視界を遮られ、カービンが自重で元の位置に戻る。相手はまだハラスの上にいる。外したかと思いきや、次弾を発射する前にその上半身が傾いで、鞍からずり落ちる。最後の騎兵はすでに逃走を開始している。アキラはその少し前方を狙って撃つ。ミス。さらに何度か引き金を引くも、当たらない。しかし五発めか六発めで、蒼い上着が両腕を放り上げるようにしてホロサイトの視界から消える。乗り手を失ったハラスがそのまま駆けてゆく。
アキラは弾倉を抜いてチェックする。残り二発。
この二発を使い切れば、次の武器が現れるはず。でももし、と疑念がよぎる。もしこれがチュートリアルじゃなかったら? この火器支給現象が、あり得ない確率でたまたま連続して起こった現実世界のバグか何かで、ゲームシステムとは無関係だったら?
そのときは、残りたったの二発とはいえ、身を護るものがなくなるぞ。
そのときは、最初にそうしようとしていたように、徒手空拳で逃げるまでだ。
アキラは弾倉を戻し、地面に向けて二度、引き金を引く。
五秒ほど待つが、M2038が消失する気配はない。すこぶる確かな存在感でもって、両腕の中にしっかりとある。数え間違えたのかと思い、また弾倉を抜く。空。
バグ終了、と頭の片隅が冷笑する。やっぱりか。クソったれ異世界に来てからというもの、ぼくの人生はケチのつきどおし――
薬室。
アキラはもう一度引き金を引く。
薬室に装填されていたケースレス弾が地面に土埃を立てる。
XM2038の質量が失せ、腕の中から消える。
間を置かずに出現した第三の作業台から、SBR(短銃身ライフル)と弾倉をひったくるようにして取り上げてアキラは一目散に走りだす。
ネットの匿名掲示板に書かれていたスローガンをふと思い出す。
――FPSは裏切らない。
その意味はともかく、この支援は当てにしていいのかもしれない。
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