【包囲網】
道先の地形と追っ手の動向を確認すべく、アキラは斜面を駆けあがる。頂上の薄い木陰から、稜線に姿をさらさないように注意して、周囲を見渡す。直ちにその顔が強張り、胸の中でぼそりとつぶやく。まじサイアクなんですけど……
丘の南側は、数百メートル先で麦っぽい畑が途切れている。その向こうには、根菜だか葉物だかの、ほとんど目隠しのない連綿と広がる畑。
そしてエクサリオ軍が至る所にいる。
見える範囲だけで長い隊列が三つ。
A集団は南東、ハルドワイネン河沿いの細い森の端を北上中。B集団は南南西、見晴らしの良い農道をやはり北上中。C集団は南西、この辺りで一番高くて広い丘に展開中。
おまけに、点在する建物を一軒ずつ調べている分隊規模の歩兵があちこちにいるし、明らかに偵察目的の軽騎兵が二騎から五騎のチームでそこらを駆け回っていているし……
アキラはA集団の向こう、左岸へ目を凝らす。現在地がハルドワイネン河から一キロ離れているのと、河辺の森と、高低差の関係で、様子はまったくわからない。高い市壁はちらっと見えるが、人影がない。戦闘音らしきものも聞こえてこない。
でもきっと、左岸にも右岸と同数かそれ以上の軍勢がいるのだろう。
二個レホヴァントラム?
その一〇倍かそこらはいる。
大軍勢だ。
奇襲作戦じゃない。侵攻作戦だ。
マジのマジでサイアクだ。
アキラは視線を下げて、畑の中のバックトレイルに注意を向ける。追っ手らしき人影がいくつもある。狙いどおり十字路の辺りで足跡を見失ったようだ。でもそのうち発見してこの丘に向かってくるだろう。B集団もじきこの丘の近くにやって来る。
動かなきゃ。
北と西を見やる。
北と西は、地平線まで続いているかのような穀倉地帯だ。集落とおぼしい家屋の集まりが幾つも認められ、その傍には川または水路を示す水車小屋がある。
打てる手は二つ。
このクッソ広い似非麦畑の中で追っ手を完全に撒いたあと――
(1)野営でも始めそうなC集団を迂回する大回りコースで南下。
(2)どこかに隠れて日没を待ち、闇夜に乗じてハルドワイネン河沿いに南下。
どっちにするかは状況次第。
まず追っ手を撒かないと。
当座の方針を定めたとき、遠いチラチラした動きがアキラの目を引く。軽騎兵が鞍の上に直立して、手旗信号を盛んに繰り出している。その隣では、お仲間がこの丘に望遠鏡を向けている。
あちこちで手旗信号がリレーされるのと同時に、比較的近場で散開していた偵察騎兵が動きを変える。二騎がアキラの丘の東斜面へと一直線に駆け、ほかの偵察騎兵が北斜面と南斜面に回り込み始める。B集団方面から接近中の三騎は、西斜面を窺える位置だ。
発見されたのか? 向こうからは見えるはずのない藪の中にいるのになんで――
ここでやっとアキラは己の失態を悟る。辺りをよく見ようと夢中になるあまり、いつの間にか、肩から上が完全に藪から突き出ている。
なんたるクソ間抜け。
西側の斜面を転げるようにして駆け下り、ふもとの雑木林から外の様子を窺う。XM2038を見下ろし、セレクターの半分だぞ、と自分に言い聞かせる。いざというときは、セレクターを半分だけ回し、単射の位置に合わせて、発砲だ。間違ってもAUTOまで回すなよ。ゲームの経験から判断するに、このカービンは連射だとろくに制御できなくなる。そもそも連射なんて使いどころがあんまりない。
ゲーム……実在するはずのない架空兵器。コレぜんぶ夢なんじゃ? とアキラは虚しい疑惑/願いを抱く。しかし悲鳴を上げている生存本能とカービンの重みが、クソみたいな現実をひしひしと突き付けてくる。単独行動ときて複数の敵。ゲームでさえかなりの苦境だというのに、リアルではいかほどのものなのか。
雑木林の外の動きに注意しながら、三か月以上前の記憶を必死に掘り起こす。この不可解きわまる火器支給現象が『SNAFU』のゲームシステムに則っているなら……いま手元にあるXM2038は、距離三〇〇メートルに零点規正されているはず。少なくとも、『SNAFU』に登場する自動小銃のデフォルト設定はそうなっていた。弾はどうだった? ケースレス6・8ミリ? んなもんシングルプレイでしか使ったことがない。もちろん弾道データも憶えていない。でも……デフォの照準設定で三〇〇メートル以内を撃つ場合、基本はど真ん中を狙い、弾道が最も高くなる一五〇メートル付近ではベルトの高さを狙った憶えがある。標的の腰にドットを重ねて発砲。胸の辺りに命中。たぶん、それでいけるはず。
騎兵グループの一部が視界の中に現れる。ハラスを停め、丘を見上げる。そしてアキラの期待に反して頂上へ向かわず、平地で広くばらけ始める。
読み誤った! 包囲する気じゃん!
さらなる騎兵や歩兵が到着したら、その輪が完成してしまう。輪が完成する前にアキラはそっと忍び出ようとする。この雑木林は畑と接しているし、麦っぽい植物がこちらの姿を隠してくれるし、第一、丘を丸ごと一つ、十数人ぽっちで万全の監視下に置くのは無理がある――と、計算を働かせたものの、姿勢を低くして林から出たとたん、すぐ横の細木にガンと音を立てて矢が突き刺さる。
アキラは畑に駆け込む。
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