【急報】
リランがアキラの肩をつかむ。
「いいかい? ぼくは軍の言いなりになる気も、友人を悪魔に引き渡す気もない。だからここへ来る前に、領主のイェルガート卿に宛てて面会希望の文を早馬で出しておいた。今回の件を卿に直訴するために。返事を待つ時間が惜しいから、ぼくたちは直ちに出発する。夕刻には先方の館に着いているだろう」
アキラは顔を上げる。「いきなり押しかけて大丈夫なのか? 偉い人なんだろ?」
リランが片手をひょいと振る。「イェルガート一族はアルマ=クフ派の敬虔な信者だ。仮に卿が不在でも、先代か奥方かご子息が歓迎してくれるよ」
「でも……助けてくれるかな?」アキラは希望を押し殺して尋ねる。
「九割方確実に。着任のあいさつを含めて何度かお会いしたが、評判に違わず、卿は法と仁義を重んじる公正な人物だ。軍の不可解な要求について抗議すれば、その動きを掣肘してくれるはずさ。一時的な効果しか望めないかもしれないが」
「一時的?」
「そこは軍の出方次第だ。大人しく引き下がるかもしれないし、大騒ぎを演じるかもしれない。中佐がなんらかの形で中央を納得させたら、卿といえど、ぼくらの防波堤にはなれない」
アキラは暗く笑う。「別の世界の知識だぜ? 軍は大騒ぎするよ。賭けてもいい」
リランが明るく笑う。「別の世界はともかく、うん、ローゼルメン中佐は我意を押し通すことに慣れきっている御仁との印象を受けた。そしてこのリラン=アミピダスは、運任せのやり方を好まない。不遜な物言いかもしれないが、イェルガート卿が動けば、少なくとも時間稼ぎになる。そのあいだに、もう一手打つ」
「どんな?」
「きみを――」
カン、カン、カンと鐘の音が遠くで響いて、二人の会話がまたもや中断される。時を告げる鐘より軽い、甲高い音色だ。出所は南のほう。それに呼応するかのように、西門の辺りでも盛んにカンカン打ち鳴らし始める。そして北からも。
「あれは?」
「警報だ」リランも西門を見ている。
「火事?」
「いや、火事のときは四度叩いて一拍置く。あんな出鱈目な叩き方はしない」
西門から先とは色違いのハラスに乗った騎兵が現れる。拍車を入れ、一気に駈け足になる。騎手がこちらへ向けて片腕を振り回し、何やら叫ぶ。アキラには一語のみが聞き取れる。
「〝エクサリオ〟って言ってないか? あの人」
「おい、まさか……」
まだ遠い騎手のわめき声が、蹄と鐘の音に負けじと響き渡る。
「エクサリオだ! エクサリオ軍が来るぞ!」
「ディプルース フォーシェンク!」二重の大便――意訳すると〝ど畜生!〟
聖職者らしからぬ悪態をついたリランに、御者が顔面蒼白になって呼びかける。
「司祭様、急いで! 早く乗ってください! 門が閉じる前に戻らないと!」
「少し待て! 少しだ! なんだってこんなときに――アキラ、ここにいてくれ。隊長に話を聞いてくる」
奴隷たちは食事の手を止めて、猛烈な勢いで駆けてくる騎兵のほうを見たり、オーグ隊長のほうを見たりしている。隊長のもとにはすでに、五名の部下と、軍側の警備責任者が参集している。そこへリランと騎馬がほぼ同時に辿り着き、合図を受けた軍の警備兵二名が輪に加わる。数分後、双方の警備兵が散開して、受け持ちの奴隷に指示を飛ばす。リランがアキラのもとへ駆け戻る。
「どうなって――」
リランが片手を突き出してアキラの質問を押し留め、親指の爪を噛みながら思案に沈む。顔を上げて、馬車に向けて怒鳴る。
「待たせてすまなかった! 行ってくれ! ぼくのことはいい!」
じりじりしながら待機していた御者がうなずき、ハラスに鞭をくれ、草地で出せる最高速度で走り去る。犯罪奴隷の群れが兵士に追い立てられるようにして南へと動きだし、市の奴隷の四分の三も南へ誘導される。残りの四分の一、よぼよぼの高齢者たちは給食の荷馬車と共に西門へ戻るようだ。
アキラは先ほど言おうとした質問を繰り返す。
「どうなったんだい? エクサリオは本当に来るのか?」
「来る。五タンネの距離まで迫っているらしい」
約七・五キロ。すぐそこじゃないか。
「なんでみんな南に――」
「アミピダス殿」と、いつの間にか傍に来ていたオーグ隊長の声が割り込む。「状況が状況です。奴隷としてではなく、司祭としてご同行願えますか?」
リランが不意を突かれた顔になり、すぐにうなずく。「ええ……そうですね。わかりました」考え深げに答えてから、アキラのほうへ視線をやる。「先ほどお伝えしたとおり、彼は――」
「ええ、了解しています。どうぞ、司祭殿のよろしいように」
オーグ隊長が目礼し、ぞろぞろと移動している市の奴隷たちのほうへ向かう。
リランがアキラを促す。
「ぼくらも行こう。説明するよ」
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