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05.男爵令嬢ニナの敗北



〈男爵令嬢ニナ視点〉



 さらに、デリック様は、我が商会にとって最上級の顧客となるであろう御方を紹介してくれた。


 ――第二王子、アレクシス殿下。


 殿下とまともにお話しするのは、入学式の挨拶の際に不躾な宣伝に巻き込んでしまい、密かに猛省して以来のことだ。


 我が家は、あくまで貴族の家格でいえばしがない男爵家。こちらから王族に取り入ろうとするのはあまりに外聞が悪すぎるし、何より正直なところ、殿下が同級生であるという利点を生かさずとも、ボーシャ商会は絶好調だった。


 だからこそ、まさかその殿下直々に「婚約者との仲を深める方法」を相談されることになろうとは、つゆほども思っていなかったのだ。


 


 近習が椅子を引き、わたしは殿下から二つ分の席を空けた位置に許しを得て着席した。


 殿下との相談は最重要機密。それでいて、周囲に男爵令嬢が王子を誘惑しているなどと誤解されぬよう、細心の注意を払わなければならない。わたしは完璧な商人の顔を貼りつけ、殿下と向き合った。


「デリックから聞いた。君の……『聖女』としての評判についてだ」

「まあ、お恥ずかしい……殿下のお耳にも届いたのですね」

「……何から話せばいい?」

「恐れながら殿下、わたしはまだ、殿下の婚約者様のお名前を存じ上げず……」


「ああ、俺の婚約者は――」


 


 アレクシス殿下の口から出た名は、ディアナ・テトラ公爵令嬢。


 驚いた。 

 巷の噂では、第一王子レイモンド殿下の婚約者と目されているお方だった。




 狭い学園内で隠し通せることなど、何一つない。こんな格下の男爵令嬢のところにさえ、淑女科に婚約者を持つお得意さまや、デリック様の妹君といったご令嬢たちから、足を運ばずとも十分すぎるほどの情報が流れ込んでくる。


 実際にわたし自身も、ディアナ様が人目を忍んでレイモンド殿下の個室へと消えていく姿や、殿下のお気に入りとして誰も近寄らない特等席を、彼女が堂々と使っている様子を何度か目撃している。

 あれは第一王子のお墨付きを得た「特別な仲」の証明だと思っていたのだが。


(……まさか、第二王子殿下の横恋慕?)


 不敬ながら一瞬そう疑ってしまったが、アレクシス殿下の切実な話を聞く限り、彼が真実を語っていることに疑いの余地はなさそうだった。


 


 これは、一筋縄ではいかない仕事になりそうだわ。


 あいにく、ディアナ様は最高位の公爵家のご令嬢。ボーシャ商会が作り出す「ささやかな流行」に飛びつくようなお立場ではなく、常に堂々と凛とした品位を保っていらっしゃる。


 彼女の兄であるオーガスト様は、マルコ様の親友というご縁で何度かサービスを利用してくださった。

 けれど、その相談内容はすべて隣国に住まうご婚約者への贈り物について。妹であるディアナ様の話題が出たことは一度もなかったのだ。



 彼女の気を引くための決定打は、すぐには思いつかない。


 わたしはその旨をアレクシス殿下へ正直に、かつ丁寧に説明した。その上で、商人の矜持にかけて、この難題を引き受ける決意を固めたのである。






 まずは、王道のプランから攻めることにした。


 季節の花を添えたさりげないお手紙――。しかし、結果は惨敗。私的な会話が弾む余地はなく、返ってきたのは模範的な貴族の挨拶をお手本にしたような、隙のない返事ばかりだった。


 次に提案した贈り物は、「非公表の関係ゆえ堂々と身につけることも叶わず、日の目を見ぬまま仕舞い込んでおくのは忍びない」という、もっともな理由で固辞された。

 そうまで言われてしまえば、ディアナ様に「学園にいる間は表立って交流する意思はない」と断言されたも同然。当然、お茶会に誘うこともできない。


 ならばと、せめて手紙を通じてお互いを知る努力をしないかと、殿下の威厳を損なわず、かつ誠実さが伝わるよう、わたしが心血を注いで考えた文面を提案したのだが。

 「学業のみならず、政務会議にも出席される殿下は多忙な身。殿下のお時間を奪うなど、申し訳ございませんわ」と、にべもなく却下されてしまった。




 わたしには、ディアナ様の行動がどうしても理解できなかった。


 アレクシス殿下がこれほどの誠意を尽くしているというのに、彼女はこれっぽっちも取り付く島がない。


 ディアナ様のような才媛が、政略結婚の重みを理解していないはずがない。学園を卒業し、正式に婚姻が結ばれた後、彼女はどうするつもりなのだろうか。

 ……その振る舞いはまるで「アレクシス殿下の妻になる未来」など、最初から存在しないかのような冷酷な拒絶だった。



 焦燥に駆られたわたしは、彼女の真意を確かめるべく、放課後の彼女のもとへ強引に直談判を試みた。


 ――けれど、あれほどの無茶をしたにも関わらず、得られた成果はゼロ。



 殿下は「もともとの自分の行いが悪かったせいだ」と、わたしを庇ってくださったけれど、客観的に見て殿下に落ち度など微塵もない。


 自分の不甲斐なさに、胸が締め付けられる。『恋の聖女』などと持て囃され、順風満帆だった自分に酔い、調子に乗っていたのではないか。そんな悔しさと恥ずかしさが、どろりと胸の奥にたまっていった。




もし少しでも面白いと思っていただけたら、下にある高評価【☆☆☆☆☆】やブックマークでぜひ応援いただけると嬉しいです!


匿名の手紙、重なる噂、そして見えてきた「禁じられた恋」。

偶然目撃した光景から、バラバラだった点と線が、最悪の形で結びつく。


「ディアナ様の本当の狙いは、まさか――」


暴走する商売魂プライド。舞台は、運命の卒業パーティーへ!


毎日1話ずつ番外編を公開中!次話が最後になります。明日21時過ぎに更新予定です。

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