06.男爵令嬢ニナの結末
〈男爵令嬢ニナ視点〉
最高学年を迎え、夏の盛りに入ろうかという時分。
わたしはついに策が尽き、商人として初めて「白旗」を揚げた。
アレクシス殿下は「気にするな」と優しく仰ってくださったが、顧客を満足させられなかった事実は、わたしの商人の矜持が許さない。形の上では降参したふりをしながらも、諦めきれないわたしは、たった一人で突破口を探り続けた。
――そんな折、ディアナ様の周辺を調べていたわたしは、ある信じがたい光景を目撃する。
それは以前、わたしが不敬も顧みずディアナ様に突撃した際、彼女の傍らに控えていた侯爵家と伯爵家の令嬢たちだった。
ディアナ様の忠実な取り巻きだと思われていた彼女たちが、無人の教室でこそこそと、あろうことかディアナ様の教科書を破り捨てていたのだ。
曲がったことの大嫌いなわたしは、黙って立ち去るという選択肢を捨て、彼女たちが言い逃れできないタイミングでその姿を現した。
「何をしていらっしゃるんですか……?」
「こ、これは……!」
「ボーシャ家のニナ様……!」
家格の力関係では圧倒的に不利だが、今のわたしには「流行の発信源」としての自負がある。不用意に手を出せば、学園中の噂を自在に操られかねない相手だと、彼女たちも本能的に悟ったのだろう。
侯爵家の栗毛の令嬢がまず青ざめて頭を下げ、それに倣うように伯爵家の赤茶色の髪の令嬢も深く頭を下げた。
「申し訳ございません。これは……その、出来心で……。もう二度としませんので、どうか、見逃していただけないでしょうか」
「……破いた教科書を修復し、二度とこのような卑劣な真似をしないと誓われるのでしたら」
「もちろんです、誓いますわ!」
「ですが、一つだけ。あなた方はいつもディアナ様の傍らにいる……お友だちでしたよね。なぜ、このような真似を?」
その言葉に二人は、泣きそうな表情で視線を交わした後、観念したようにわたしをカフェテリアの隅へと連れ出したのである。
「……このような真似、幼い嫌がらせだと自分たちでも分かってはおりました」
「ですがニナ様。どうか、この件だけは表沙汰にしないでいただけますでしょうか」
二人は縋るような目でこちらを見た。わたしは小さく一つ頷く。
「……それは約束しましょう。でも、何故こんなことを?」
「ディアナ様は、レイモンド殿下の婚約者という立場を鼻にかけていらっしゃるのですわ」
「レイモンド殿下の婚約者……?」
わたしの戸惑いに、彼女たちは声を潜めて続けた。
「ええ。レイモンド殿下がご卒業されるまでは、毎週のようにお会いされていたのですから、間違いありませんわ」
「今でも、殿下のお気に入りだった場所を頻繁に訪れては、側近の方から秘密の手紙を受け取っていらっしゃるようですし……」
――アレクシス殿下の相談に没頭するあまり、失念していた。
巷では、ディアナ様こそが第一王子レイモンド殿下の婚約者なのだと、誰もが信じているのだ。
わたしはアレクシス殿下から打ち明けられたからこそ、真実を知っている。けれど商売をしていなければ、わたしだって彼女たちの言う噂を鵜呑みにしたままだっただろう。
「でも何故、ディアナ様にこのようなことを……」
「ディアナ様は、親同士の付き合いでお傍に侍ってはおりますが、私たちのことなど友人とは思っていらっしゃいませんわ」
「そのうえ、アレクシス殿下まで……。最近はディアナ様に執心されているご様子ですし」
つまりは、嫉妬だ。
格上の公爵令嬢に相手にされず、それでいて高貴な殿方たちの注目を独占する彼女に、一矢報いたくなったのだろう。
彼女たちは、行き場のない不満を誰にも言えずにいたのだ。男爵令嬢のわたしを捕まえ、堰を切ったように心中を吐露する二人は、決して正しくはないが、ある意味で精神的に追い詰められていたのかもしれない。
そして、その気持ちは、少しだけわかるような気がした。
ディアナ様は完璧な淑女として、この学園の頂点に君臨している。だが、アレクシス殿下へのあの一切の隙を見せない冷酷な対応を知っている身からすると、世間の高評価にはどうにも違和感を覚えてしまう。
表向きは「完璧」だからこそ、異を唱えることもできず、近くにいる者ほどその「違和感」にやきもきさせられるのだろう。
わたしは彼女たちの愚痴に耳を傾けながら、レイモンド殿下とディアナ様……この二人の隠された関係について、深く思いを巡らせていた。
学園の卒業パーティーを翌日に控えた日。
わたしのもとへ、一通の匿名の手紙が届く。その文面に目を通した瞬間、わたしの脳内でバラバラだった点と線が、鮮やかな一本の筋書きへと繋がった。
(もし、ディアナ様がアレクシス殿下との婚約破棄を前提に動いていて、本命がレイモンド殿下なのだとしたら……!)
これまでの不可解な言動のすべてに、恐ろしいほど合点がいく。
わたしは『恋の聖女』として、この隠された真実を白日の下に晒すべく立ち上がることを決意した。
――それがどれほど無謀な熱に浮かされた行動か、そのときのわたしは自覚していなかったのである。
そして、卒業パーティーの夜。
意を決して立ち上がったわたしに、事情を知る令嬢たちが期待に満ちた眼差しを向けてくる。当のディアナ様はといえば、あろうことか「婚約破棄」という単語に、まるで待ちわびていたかのような勢いで食いついてくるではないか。
「顧客の情報を勝手に開示するのは感心しない」
駆け寄ってきたアレクシス殿下に嗜められ、一瞬だけ我に返ったものの。止まらなくなったわたしの商売魂は、そのまま弾丸のような勢いで会場中に暴露をぶちまけてしまったのである。
――その後。わたしは両親からこってりと絞られ、現在は自主的な謹慎処分の身となっている。
結局、ディアナ・テトラ公爵令嬢は、わたしの予想通り、アレクシス殿下との婚約が内定していながら、裏ではレイモンド殿下と恋仲であったことが判明した。
「浮気、断固許すまじ」を信条とするわたしとしては、彼女のことを心底軽蔑せずにはいられない。
……けれど。
あの「完璧」と謳われた公爵令嬢にさえ、なりふり構わず不実に走らざるを得ない「何か」があったのだろうか。
王家を揺るがす大事件ののち、表舞台から忽然と姿を消した彼女について、わたしは今も、静かに思いを馳せている。
初めての連載で、未熟で拙い文章だったと思います。最後までお付き合いいただき、ここまで読んでくださった皆さま、本当にありがとうございました!
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