04.男爵令嬢ニナの反省
〈男爵令嬢ニナ視点〉
「ニナ嬢、少しお話よろしいですか?」
デリック様がわたしに接触してきたのは、一学年が終わりを告げようとする冬の日のことだった。
この一年、彼は着実に第二王子殿下の信頼を勝ち取り、最側近としての地位を盤石なものにしていた。一方で、それ以外に目立った動きは特に見受けられなかった。
政経科の数少ない女子学生たちと談笑する姿は見かけるものの、ご令嬢たちをたぶらかして遊んでいる……などという不穏な噂は、わたしの耳には一切届かなかったのだ。
人の好い笑顔を浮かべるデリック様は、淑女科でも屈指の人気を誇る殿方だという。
実際、彼の身の回りの品々は非常にセンスがよく、もし我が商会が男性向けに事業を広げるなら、彼は格好のお手本になるだろう――そんな風に思わせる男だった。
「ボーシャ商会のサービスについて、少し相談に乗ってもらいたいのだが、いいかな?」
そう言われてしまえば、商人として無下には断れない。
「……もちろんですとも。デリック様は、どなたとの仲を深めたいとお望みですか?」
「お相手は私の婚約者です」
相談の内容は、来春に学園を卒業する婚約者へ贈る、卒業祝いの品についてだった。最近よく寄せられる依頼の一つであり、内容自体に不自然な点はない。
けれど、わたしにはどうしても彼が「怪しく」見えてしまい、まずは当然の疑問をぶつけてみた。
「失礼ながらデリック様は、非常に卓越したセンスをお持ちの方とお見受けいたします。わざわざ、我が家の『贈答品選定サービス』を頼るまでもないのではないでしょうか?」
「学園の流行を牽引するボーシャ商会のご令嬢に、そう評価してもらえるとは光栄だね」
「我が家のサービスを利用されるより、デリック様が直々に選ばれた方が、お相手もよりお喜びになるかと存じますが……?」
わたしの言葉に、彼は前髪を払いながら困ったように目を伏せた。
そして、少しの逡巡ののち、真っ直ぐな瞳でこちらを射抜く。彼はこれほど真摯に人と向き合う男だったのか。わたしにとって予想外の発見だった。
「わたしが求めているのは、単なる商品選びではありません。ボーシャ商会という『信用』なのです」
「信用、ですか?」
「ええ。ボーシャ商会のサービスを利用すること自体が、その男性の誠実さを証明する――。今や貴婦人たちの間では、そんな風に囁かれているのですよ」
それは、わたし自身も認識していない評価だった。
目の前の顧客と、その先にいる女性の笑顔だけを追い求めてきた結果、我が家の商売は「誠実な愛」の象徴にまでなっていたのだ。マルコ様の成功例が、それほどまでに大きな影響を与えていたらしい。
「ニナ嬢もご存知かと思いますが、わたしの婚約者は兄の不実のせいで、男性という生き物を一切信用していません」
普段なら商売人として勢いのあるわたしが、あからさまに警戒の色を見せていたからだろう。デリック様は隠すことなく、家の事情をさらりと打ち明けた。
「私は兄のような過ちは犯しません」
偏見だけで彼を遠ざけようとしていた自分を、わたしは今、猛烈に恥じていた。目の前の彼の瞳に宿る光は、あの日、必死に助けを求めてきたマルコ様のものと、全く同じだったから。
「決して、彼女を裏切りません。ですから、どうか彼女の信頼を取り戻す手助けをしていただけないでしょうか」
こうしてデリック様もボーシャ商会の顧客となったのである。
デリック様が顧客になったことで、思わぬ副産物があった。
わたしが二年生になった春、入学してきたデリック様の妹君が、淑女科の女子生徒たちに「ニナ・ボーシャの真実」を広めてくれたのだ。
「お義姉さまは我が家のぼんくらのせいで深く、深く傷ついていたのですが、その信頼を回復する一助を担ってくださったのがニナ様……いえ、ボーシャ商会なのですわ!」
顧客の多くが男子生徒である以上、それまでのわたしは、事情を知らない女子生徒たちから「大勢の男子生徒を侍らせ、手のひらで転がす悪女」のように見られていたに違いない。
しかし、妹君の熱烈な布教のおかげで、新入生たちの眼差しは一変して好意的なものとなった。
「最近、婚約者が急に優しくなった」「贈り物のセンスが劇的に良くなった」と幸せを噛みしめていた上級生たちも、その裏にいた立役者がわたしだと理解したらしい。
女子生徒たちとの壁が崩れ去ったのを機に、わたしはずっと温めていた本格的な女性向けのアプローチを開始した。
恋人からの贈り物に添えられたリボンは、お手頃ながらも「自分のために選んでくれた証」として好評だった。それを部屋に仕舞い込ませず、日常の装いにさりげなく取り入れるコツを、わたしが先陣を切って体現してみせたのだ。
髪を彩るのはもちろん、鞄の持ち手に編み込んだり、制服の襟元にアクセントとして添えてみたり。時には数色のリボンを重ね、華やかさを演出してみせたりもした。
幸せの証であるリボンを、令嬢たちもお披露目したかったのだろう。わたしの装いは瞬く間に模倣され、学園内に静かな、しかし確かな流行を巻き起こした。
その波は学園に留まらず、娘から母へ、そして王都を闊歩する貴婦人たちへも伝播していった。今や、わたしの一挙一動が王都中の熱い視線を浴びるまでになっていた。
わたしはかつて図書館で読み耽った異国の風習や、絵物語のお姫様たちの優雅な振る舞いを参考に、次々と新たな「話題」を世に送り出し続けたのである。
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毎日1話ずつ番外編を公開中!次話は明日21時過ぎに更新予定です。




