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【閑話】とある第二王子の結末



〈IF:前世の記憶を持たない公爵令嬢と婚約した第二王子の場合〉



 王立学園の卒業パーティーは、春のうららかな陽気の中で幕を開けた。



「アクアリム王国第二王子、アレクシス殿下のご入場です!」


 会場へ足を踏み入れた瞬間、ホールを埋め尽くしていた喧騒が潮の引くように静まり返り、全方位からの視線がアレクシスへと集中した。


 卒業生代表の答辞、そして国王陛下からの祝辞を経て、この宴は正式に始まる。参列者たちは皆、アレクシスの一挙手一投足を、固唾を呑んで見守っている。


 注目を一身に浴びるのは、アレクシスにとって緊張ではなく快感だ。顎を持ち上げ肩を引き、悠々と赤い絨毯の上を歩く。

 今回の卒業パーティーは、成人として公務に携わる前のお披露目の場。事前の準備は、常にそうであるように、今回も非の打ち所がないほど完璧だった。



 ただ、アレクシスが想定していた光景と異なる点が一つ。

 王族が全員揃うはずの一段高い玉座に、第一王子であるレイモンド兄上(・・・・・・・)の姿が見当たらないことだ。とある事情により、到着が遅れているらしい。


 代わりに、玉座には国王夫妻がいつもの威厳に満ちた佇まいで場を見守っていた。



 アレクシスは三年間で鍛え上げた揺るぎない足取りで壇上へ進み、玉座の前で片膝をついた。


 父上の、王家を象徴する艶やかな黄金の髪に、母上の、高貴な血統にのみ許された宝石のごとき瞳。我が国で最も尊き親子が並び立つ姿に、貴族たちからは感嘆のため息が漏れる。


 アレクシスは会場の全貴族の視線を背に受けながら、淀みのない声で答辞を読み上げた。





 ――事を起こすのは、無事に答辞を終え、エスコートを待つ婚約者と向き合うその瞬間だと決めていた。

 厳かな儀式が済み、参加者たちが緊張を解いて思い思いに談笑を始めようとした、そのとき。


 会場の空気がふっと緩んだ隙を突くように、アレクシスは先ほどの誓いをも上回る声を張り上げた。




「これより、皆の前で重大な発表を行う!」


 その一喝に、会場全体が波打つようにざわめき、次いで水を打ったような静寂が訪れた。



 目の前では、淡い水色のドレスに身を包んだディアナ・テトラ公爵令嬢が、不安げに胸の前で手を組み、視線を彷徨わせながらもこちらを見つめている。


 彼女は学問こそ優秀だが、教科書通りの振る舞いしかできないきらいがあった。こうした土壇場の、いわば華やかさと胆力(たんりょく)が求められる社交の場で、彼女はいつも消極的で影に隠れてしまう。まさに今のような姿だ。


 そんなところも不満だった。皆を牽引する王妃となるには、あまりにも物足りない。



 手筈どおりに側近の令息たちが背後に並ぶ。その中に、あらかじめ近くへ連れてくるよう申し付けておいた桃色の髪の少女を認め、アレクシスは満足げに顎を上げた。


 彼女には今日のサプライズを伝えていない。それゆえ、その大きな茶色の瞳を揺らし、怯えた様子でこちらを見つめている。



 周囲の注目が最高潮に達したのを確認し、アレクシスは濃紺の正装を鮮やかに翻して高らかに告げた。


「第二王子、アレクシスは――ここに、ニナ・ボーシャ嬢との婚約を宣言する!」

「なっ……」

「え?」


 驚愕の声がどこから上がったものか、アレクシスは気にする様子もなく後ろを振り返ると、強引にニナの肩を掴んで手前に引き寄せた。混乱する彼女はされるがまま、アレクシスの腕の中に収まる。


 寄り添い合う男女と、一人取り残されたディアナ。残酷な対比がその場に完成した。ディアナの手が解け、こちらへ救いを求めるように宙を彷徨った後、力なく真下へ落ちた。



 今にも床に崩れ落ちそうな彼女に、兄のオーガストが急いで駆け寄り、その小さな背を支えた。


「アレクシス! これはどういうことだ!」


 壇上から陛下の怒声が響く。アレクシスは想定内だと言わんばかりの不敵な笑みを浮かべると、舞台役者のような大仰な仕草で身を翻し、壇上を仰ぎ見た。



 そして、顔を蒼白にさせた元婚約者を横目で睨みつけたまま、厳かに口を開く。


「ディアナは、公爵令嬢という立場にありながら、あろうことかニナ嬢へ卑劣な嫌がらせをしていました!」

「なんだと……?」

「証拠ならここに。彼女に命じられ、不本意ながらも従わざるを得なかった者たちが証言しますよ」


 そうすると、待っていたと言わんばかりに、高位な家門である侯爵家と伯爵家の令嬢が前に進み出た。学園内で常にディアナに付き従っていた二人だ。


「ディアナ様は、皆の中心にいるニナ様を快く思っていらっしゃらないご様子でした……」

「ある日、ニナ様が落とされた大切なリボンを拾い上げると……届けるどころか、中庭の奥へ投げ捨ててしまったのです!」


 令嬢たちの証言に、会場へどよめきが広がる。流行の最先端にいたニナの持ち物は、生徒たちの注目の的だったからだ。


「そ、それは……」

「他にもあるぞ! この場で全てを白日の下にさらしてもいいのか!?」


 必死に口を開こうとしたディアナだったが、アレクシスの低く威圧的な声にびくりと肩を震わせ、黙り込んでしまう。

 俯く彼女の背を、兄のオーガストが大きな掌で支えていた。



 アレクシスは勝ち誇り、とどめと言わんばかりに高らかに宣告した。


「俺とディアナ嬢の婚約の話も持ち上がっていたが、そんな卑劣な行為をする人間は王太子妃にふさわしくない! よって俺は、真に国の華となるべきニナ・ボーシャ嬢との婚約をここに誓う!」





「そこまでだ」


 卒業生が入場する扉から、穏やかだが、よく透きとおる声が響いた。


 そこには、アレクシスと面影こそ瓜二つながら、長く伸ばして緩やかに編み込んだ髪のせいで、どこか柔和な雰囲気を纏った第一王子レイモンドが立っていた。



「レイモンド兄上……!?」

「まずアレクシス、おまえはいつから王太子になったんだい?」


 その言葉に、真の王太子の登場を思い出した貴族たちが、一斉に頭を下げた。レイモンドはそれを片手で制して、「顔をあげよ」と許しの言葉を告げる。


 レイモンドは輪の中心までゆったりと歩み寄ると、オーガストに支えられたディアナへ柔らかく微笑みかけた。レイモンドとオーガスト、二人の間で密かに視線が交わされるが、アレクシスはそれに気づかない。



「今の話には続きがあるね?」

「ディアナ、自分の口で、真実を話すんだ」


 オーガストに促され、ディアナはハッとしたように顔を上げた。そして恐る恐る、震える唇を開く。


「私が……ニナ様が落とされたリボンを、中庭の奥へ投げ捨てたことは間違いありません……」

 その言葉に、アレクシスは「ほら見ろ」と言わんばかりに口の端を吊り上げた。


「ですが、直後に……なんて酷いことをしてしまったのだろうと、拾いに行きました……けれど、それまで交流のなかったニナ様にお返しする勇気が出ず、リボンは今も手元にございます」


 ディアナはドレスの隠しポケットから可愛らしくラッピングされた袋を取り出した。中には、丁寧に洗われ、形を整えられたリボンが収められている。



「そ、そんなもの! 似たようなリボンを買って誤魔化しているだけだろう!」


 拳を握りしめて怒鳴るアレクシスを余所に、ニナはすっと彼の横をすり抜け、ディアナへと歩み寄る。そして、白く細い指で差し出されたリボンを受け取った。


「これは間違いなく、わたしのリボンです。ボーシャ商会の試作品で、一般には販売されておりません。何より、その証拠となる刻印も残っています」


「だ、だが、ニナ嬢への嫌がらせは他にもあったはずだ! 教科書を破り、鞄に傷をつけた……同じクラスの俺も、共に心を痛めていたのだぞ! それらはどう言い訳するつもりだ!」


「それは、そこの令嬢たちが独断で及んだことだろう」

 オーガストが底冷えするような声で断じた。睨まれた令嬢たちは、ヒッと短い悲鳴を上げて後ずさる。


「ディアナが彼女たちに指示を出した証拠などどこにもない。反対に、彼女たちがディアナの名を騙り、ニナ嬢への嫌がらせを主導していた証拠なら山ほど見つかったが?」

「な、なんだと……」


 立ち尽くすアレクシスに、レイモンドは「まあ、おまえは知らされていなかったんだろうね」と、同情すら混じった声をかけた。



「だがアレクシス。本来なら伏せておくつもりだったが、おまえがこれほどの大騒動を起こした以上、はっきりさせておこう。……無実の公爵令嬢に濡れ衣(ぬれぎぬ)を着せ、公衆の面前で辱めた。その覚悟はできているんだろうな?」


「そ、そんな……」


「安心するといい。おまえを唆した連中も、まとめて処罰する。この私が健在であるにも関わらず、第二王子であるおまえに近づき、王位を継げると吹き込んだ不敬な貴族たちの顔ぶれは、すべて把握している」


 その言葉に、騒動を見守っていた貴族たちから、悲鳴に近い怯えの声が上がった。



 人混みに紛れ、会場から逃げ出そうとした数人の男たちが、出口を固めていた王家の騎士たちによって次々と取り押さえられていく。


「お、俺は……俺こそが兄上に代わり、王になる器なのだと……!」


「扱いやすい傀儡(かいらい)としては最高の王になれそうだな。しかし、私が婚約者と絆を深めるため数年辺境へ赴いただけで、廃嫡されたとでも思い込んだのなら、あまりに早計だったね」


 レイモンドが静かに合図を送るが、呆然自失のアレクシスにはその意味さえ理解できなかった。



「不穏分子を洗い出すために、帰還後もあえて大人しく泳がせていたんだよ。……たくさん釣れて、本当に残念だ」


 底知れぬ笑みを湛えた兄を前に、アレクシスは王家の騎士に取り囲まれ、がくりと膝をついた。






 その後、アレクシスとディアナの婚約は破談となり、彼は王族専用の別塔にて謹慎を言い渡された。



 妹の様子を案じた兄オーガストが、レイモンドらと協力してあらかじめ証拠を集めていたため、ディアナの無実は疑う余地もなく認められた。


 また、突如婚約者として名を挙げられたニナも、学園時代にアレクシスと特別な関係にあった形跡はなく、当日まで彼の企みを知らされていなかった。そのため、彼女はあくまで暴走に巻き込まれた被害者として、お咎めなしと裁定された。


 彼女の商会が恋人や夫婦への贈答品を扱っているのは周知の事実であり、男女問わず人が集まっていたのも、商売上の交流に過ぎなかった。

 ただ、男爵家という家格ながら、貴族社会において目立ちすぎてしまった点は反省すべきとして、男爵家は王家や公爵家へ謝罪に回ったという。



 その謝罪をきっかけに、ディアナはニナと親交を結ぶようになった。


 ディアナは、ずっと知りたかった「良好な人間関係を築くコツ」や「自分らしい魅力の磨き方」を教わり、今ではとても幸せそうだ……とはオーガストの談だ。

 外交を担うテトラ公爵家の令嬢として、今後は隣国の貴族も含めた良縁に恵まれることだろう。



 一方、ディアナの名を騙っていじめを先導した令嬢たちには、成人前とはいえ重い謹慎処分が下った。


 ディアナが「私の弱さが彼女たちを突き動かしたのかもしれない」と情けをかけ、ニナもまた「自分が目立ちすぎていたせいだ」と減刑を願ったため、除籍こそ免れたものの、社交界で失った名誉を取り戻すには長い年月が必要となるだろう。





 騒動の処分が落ち着いた後、アレクシスは辺境への修行を命じられた。


 行き先は、王家からの信頼も厚いレオン辺境伯が治める領地――リドラス。かつて「神童」と謳われながらも、その賢さゆえに人を信じられず、孤独にささくれ立っていたレイモンドが、十二歳からの三年間を過ごして見違えるような成長を遂げた場所だ。


「王都にいると、王族である我々はつい甘やかされてしまう。広い大地で自然や民に触れ、真に守るべきものが何であるかを思い出すといい。……私がかつて、あの地で己の未熟さを知ったようにな」




 そこでアレクシスが変わるのか、あるいは増長したまま果てるのか。それが王家から与えられた最終試練であり、その後のアレクシスの人生が決まる。



 その事実をアレクシスだけが知らぬまま、彼は不貞腐れた顔で、北西へと向かう馬車の中へ放り込まれた。




メインの話はこれにて完結となります。

最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました!!


28日(土)夜21時頃から第一王子レイモンド視点や男爵令嬢ニナ視点のお話を公開予定です。その際は、もう少しだけこの世界にお付き合いいただければ幸いです。


もし少しでも「面白い」「続き(番外編)が気になる」と思っていただけたら、下にある高評価【☆☆☆☆☆】やブックマークでぜひ応援いただけると嬉しいです!大変励みになっております!


(既に高評価やブックマークで応援してくださったみなさま、本当にありがとうございます!!)



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