18.第二王子アレクシスの相談
〈第二王子アレクシス視点〉
第二王子アレクシス、十七歳。
学園に入学してから一年が経ち、兄上は卒業し、俺は二学年へ進級した。
そして兄上は卒業と同時に、二年ほどラグーン公国へ留学すると告げた。
兄上のお心は、俺のような凡才には測りかねる。婚約を発表すれば王太子として公務に縛られることになる。その前に、束の間の自由を享受しておきたいということだろうか。
かつて、兄上が本来辺境で学ぶはずだった時間を、俺が奪ってしまったという負い目がある。「少し王都の外の世界も知っておきたくてね」と穏やかに笑う兄上に対して、俺が口を挟む余地など、どこにもない。
それどころか、ようやく兄上が王太子としての重責から離れ、羽を伸ばせる時間ができたのだと思うと、俺は自分のことのように少しホッとしていた。
そのため兄上の婚約者であるリースは、来年の春、学園を卒業した後は、王宮へ入り、妃教育を受けつつ兄上の帰りを待つことになった。
「私はこれまで王都での妃教育と縁がなかったから、時間ができてちょうど良かったわ」と、手紙には明るい調子で書かれていた。
二学年に進級して間もなく、政務会議に同席するよう命じられた。
俺に発言権はなく、あくまで会議の進め方を見学するだけだ。実際の政務を間近で見ることで、学園で何を学ぶべきかがより具体的になる――それが、陛下からの指令だった。
現在の政務会議における最大の議題は、平民への公教育施策だ。だが、法案を打ち出した立案者である兄上は、今や隣国へと旅立ち不在にしている。
「民への教育は中長期的には王国のためになりましょうが、根回しが不可欠です」
「民も働き手を出したがらぬのが実情でして。そもそも労働力の確保から改善せねば……」
ディアナ嬢が問うていた民への教育。あれから俺もより勉強し、その真意を咀嚼できるようになった。
周辺諸国の台頭も踏まえれば、これから交易が活発になる前に対策するべき――確かに王国の未来に必要な政策であるとよくわかる。
だが、目の前の領主たちが難色を示す理由も、今の俺にはよくわかった。
中長期的な国益とは、即効性に欠けるということと表裏一体だ。領民の暮らしを預かる者たちが、容易に首を縦に振れぬ事情もまた理であった。
いかに手順を踏み、合意を形成すべきか。
兄上が見据える理想を支えるために、俺にできることは何か。
会議は狙いどおり格好の学びの場となった。
ときどき大臣たちから「アレクシス殿下のご見解は」と水を向けられたが、俺はすべてを丁重に辞退した。不用意な発言は、国を混乱させる火種になりかねない。
代わりに、出席する貴族たち一人ひとりに気になる点を積極的に質問して回ることにした。
そんな俺を苦々しく見る者、歓迎する者――様々な反応を観察し、自身の立ち回りを深く思案する。
俺は、王となる気などない。
だが、この平和な王国においても、隙あらば次期国王の座を巡り、俺を担ぎ上げようとする輩がいることも事実だった。
「しかし、本当にこれほど顔を合わせる機会がないものとはな」
放課後のカフェテリアは、社交を楽しむ生徒や、談笑に興じながら課題に励む者たちで溢れかえっている。基本的には同じ科の者同士で集まっているが、時折、睦まじげな恋人同士と思しき男女の姿も見受けられた。
俺は王族や高位貴族のために用意された席へデリックを招き、今日の授業の宿題を広げている。
この席からは、カフェテリア全体がよく見渡せる。
――だが、賑わう人波を見渡しても、ひときわ目を引くはずの白銀の髪は見当たらない。
あれから、移動教室の際に遠目でディアナ嬢の姿を見かけることはあっても、ゆっくりと言葉を交わせるような機会は皆無だった。
彼女が学園での交流に消極的だったとしても、偶然居合わせたときくらいは言葉を交わせるのではないか。そう期待しては、肩を落とす日々が続いた。
――その「偶然」さえも、まるで見えない力に遮られているかのようだった。
重なり合うはずの二つの旋律が、和音を奏でることなく、ただ平行線のまま遠ざかっていく。
俺の独り言を、デリックが聞き逃すはずもない。
「……婚約者様のことですか?」
ペンを走らせる手を止め、静かにこちらを注視するデリックは、気付けばいつも俺の横にいる。
以前、彼に「俺は第二王子だ。将来王になるわけじゃないぞ?」と直接的に釘を刺したことがあったが、彼は「もちろん、わかっていますよ」と、真面目な顔で返してきただけだった。
「さすがに学園を卒業するまでに、もう少しお互いを知る機会をつくれたらと思っていたのだが……」
ため息交じりに本音を漏らした俺に、デリックは周囲に誰もいないことを確かめるように視線を走らせてから、声を潜めて提案した。
「うーん、それでは『聖女』の力でも借りてみますか?」
「聖女? ……なんだそれは?」
デリックは現実的な合理主義の男だ。
その彼から得体のしれない単語が出てきたことに眉をひそめながらも、彼が用心深く口元を覆い、声を潜めて語る様子に促され、俺も無意識に身を寄せた。
「彼女はどんな相談事でも解決して縁を結ぶ。まるで教会の聖女様のようだ、とここでも噂になっていましてね。相談した者は皆、愛と幸せを手に入れ、彼女を信奉するようになるのです」
「……そんな人物がこの学園に?」
「殿下、同じクラスにいながら、まさかご存じなかったのですか……?」
そこで俺は、デリックから驚くべき真実を聞かされることになった。
放課後、人気のない教室で彼女を待つ。
俺の背後には、常に付き添ってくれる近習が控えていた。
ご令嬢と二人きりは外聞が良くないが、婚約者との関係についての相談を誰彼構わず聞かせるわけにはいかない。
教室の扉を開け放ち、近習を立ち会わせることで、あくまでクラスメイトとの面会として許容される範囲に収める――それが、周囲に根回しをした上で整えた条件だった。
「お待たせして申し訳ございません、アレクシス殿下」
軽やかな声とともに彼女が現れる。
彼女は学園の人気者だ。人目を忍んで、ここまで一人で足を運ぶだけでも、容易なことではなかっただろう。
全員が同じ制服を着用する学園の中で、彼女はいつも校則違反にならない程度の絶妙なアレンジを加えている。
例えば最近のブームは、襟元を赤いリボンで飾ることらしい。彼女が装いを一つ変えるたびに学園中の女子生徒たちがこぞってその姿を追随するのだが、それでも彼女の持つ天性の華やかさには、誰も及ぶことはなかった。
「いや、こちらこそ急にすまないな」
「いえ。……それで、お話というのは?」
近習が椅子を引き、彼女は俺から二つ分の席を空けて腰を下ろした。
この距離なら問題ないという判断なのだろう。
「デリックから聞いた。君の……『聖女』としての評判についてだ」
「まあ、お恥ずかしい……殿下のお耳にも届いたのですね」
「話す場所はここで構わないだろうか」
「もちろんです」
「……何から話せばいい?」
「恐れながら殿下、わたしはまだ、殿下の婚約者様のお名前を存じ上げず……」
そうか、公然の秘密とはいえ、彼女のような王家と距離のある男爵家の耳には、まだ届いていないようだ。彼女が本当に『恋の聖女』であるなら、婚約者の名前を教えないことには相談が始まらない。
「ああ、俺の婚約者は――」
内密なことだがと前置きをして、俺はその名を告げた。
彼女が本当に噂通りの『聖女』であるなら、この凍りついた平行線を、再び交わらせる奇跡を見せてくれるのではないか。
目の前の少女が浮かべた、どこまでも純粋に見える微笑みを信じ。
――俺は彼女に運命を託したのだ。
ついに始まった身の回りの嫌がらせ。
そして、ピンク髪の少女からの呼び出し。
「これよ、これこそが断罪への様式美だわ!」
絶体絶命のピンチに、なぜか安堵する転生令嬢ディアナ。
次回、「ヒロイン vs 悪役令嬢」
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