第90話 力なき国の末路①
ぐったりしたエルフの民たちは、中央広場の噴水前に並べられた。
その先頭に里長のアルヒーゴ・スティッコが座っている。
「調子は戻ってきましたか?」
ベントはエルフの民たちを拘束しなかった。
GESの効果から回復すれば自由に動くことができる。
そんな彼らにベントは釘を刺した。
もしひとりでも妙な動きをすれば、ふたたびエルフの民全員がGESの餌食となると。
拘束がなくともエルフ族はベントに対して無力なのだ。
「話くらいはできるさ。で、里をどうするつもりだ?」
里長はうなだれて答えた。
GESの効果から回復しきっていないのだろうが、ふて腐れているようにも見える。
そんな里長をベントは見下ろした。
「私は戦争に勝利したので、このエルフの里をいかようにもできます。しかし、私はエルフの里の存続を認めます。もちろん、条件付きですが」
「自治は認めるが、ウィルド王国の一部として吸収されるわけか」
里長は長い息を吐いた。
ベントの足を見つめたまま顔を上げない。
「いえ、私はそれに関してはノータッチです」
「なに? どういうことだ?」
里長が顔を上げた。
険しい顔をしているが、その緑の瞳はわずかに光を宿していた。
ベントは警戒のためエルフの民たちを視界に入れながらも、里長に視線を向けて説明する。
「べつにいいと思うんですよね、いまのままで。領土問題が未解決の状態でも、均衡が取れているのなら、それはそのままでいいじゃないですか」
「じゃあ何を要求するというのだ」
ベントは注意を引くことを意図して大きく息を吸った。
そしてはっきりした口調でそれを提示した。
「私の要求はふたつ。ひとつ目は開国することです。今後の鎖国を禁止します。ふたつ目はあなたを里長から解任し、新たな里長を擁立することです。あなたの再任は永久に禁止します」
ベントは彼のいだく懸念に配慮し、エルフ以外が里内に移住するのを禁止することは認めた。
だが里長の表情は渋かった。
「認められん。とうてい、認められん……。ウィルド王国の使者でもないただの一個人が、何の権利があって――」
ベントは小型GESの銃口、すなわち露出した一次放射器を里長のひたいに突きつけた。
押し黙った里長に顔を近づけ、ベントは口調を強めた。
「いまここで私にあるのは、権利ではなく権力です。権利を与えられる側ではなく、与える側なんですよ」
「ウィルド王国が認めるものか!」
里長もなかなかに強情で、ひたいに汗をにじませながらもベントをにらみ上げた。
「おや、ウィルド王国に泣きつきますか? あなたにとっての敵国に?」
「ウィルド王国は長耳族の里を自国領だと思っている。貴様が勝手に支配したところで、ウィルド王国が黙っているはずがない」
「それは私とウィルド王国の問題であり、あなたには関係ありません。親の介入を期待する子供みたいなことを言うのはやめなさい」
里長は変わらずベントをにらみ続けている。
あまりに強情な里長に、ベントは軽くため息をつくと、小型GESを向けたまま後方に下がった。
そして視線を鋭くした。
「アルヒーゴ。私はこれから、ながーい講釈を垂れます。あなたはそれを一言一句、単語のひとつすら聞き漏らさぬようしてください。これは命令です。いいですね?」
「…………」
返事はない。
否定もなかった。
本来は使う必要のない状況なのだが、もしこれでダメなら盲信隷属薬を飲ませようと考えながら、ベントは講演者の身振りで説教を始めた。
「まず大前提として、エルフの里を独立しているひとつの国家だと言ったのはアルヒーゴ、あなた自身です。そして、国家というのは最上位の枠組です。それより上はありません。それを踏まえ、もし国家が侵略を受けたらどうなるか。さあ、考えてみてください。国家は最上位の組織単位ですから、どんな暴虐も、どんな理不尽も、自力で跳ねのけるしかありません。土地や民を守るすべての責任は国家元首であるあなたにあります。誰も助けてはくれません。同盟国のひとつでもあれば助けを求めることもできますが、排他的なあなた方にはそういった友達はいないでしょう? だったら侵略者の支配を受け入れるしかないんです。守れなかったんだから、仕方ないんです。それが国というものなんです」
ベントは白衣の左ポケットの中で盲信隷属薬を握りしめていたが、その手から力を抜く。
ついに里長が折れたのだ。
「わかった。あんたの言うとおりだ。この期に及んで私が抵抗することに意味はない。国家と認められたうえでのことなら、なおさらだ」
ベントは小型GESを白衣の右ポケットにしまった。




