第91話 力なき国の末路②
「それでは、後継の里長を決めましょう。アルヒーゴさん、次の里長をアルチェさんかディーアさんのどちらにするか選んでください」
「は?」
「え?」
「えっ?」
里長、ディーアが順に驚き、アルチェに至ってはベントを二度見した。
「なぜそのふたりなのか、理由を訊いてもいいかね?」
「里外の知見があるからです。里外で活動しているふたりなら、よそ者の来訪にも対応できるはずですから」
アルチェがベントの顔を覗き込みながら、そろそろと手を挙げた。
「あのぉ、あたしに拒否権は?」
「嫌ならすぐに別の後継者を指名して構いませんよ。アルヒーゴさん以外なら」
「それなら、まぁ……」
アルチェは尻すぼみの声を出しながら下がっていった。
里長はアルチェとディーアの顔を交互に見た。
悩んでいる様子だったが、明らかにディーアの顔を見ている時間のほうが長かった。
「わかった。次の里長をディーア・テスとする」
里長もといアルヒーゴははっきりと宣言した。
彼は目を閉じている。自分を懸命に納得させているように見える。
「あ、あの、私もピオニールの勇士としての活動があるのですが……」
「代理を立てれば里を離れていても構いませんよ。アルヒーゴさん以外なら」
「そ、そうですか……」
ディーアはアゴに指を添え、ぶつくさ唱えだした。
事の成り行きを見守っていたホーリスが心配そうにディーアを見ている。
ベントがその様子を眺めていると、不意にホーリスが顔を動かし、ベントと目が合った。
ベントはもうひとつ言及すべきことを思い出し、アルヒーゴの方に顔を向けなおした。
「里の掟は新しい里長に見直ししてもらいますが、侵入者に関する条項は私の権限で廃止にします。ホーリスさんへの刻印はなし。アルチェさんの追放も取り消します」
「ああ、わかった……」
アルヒーゴは相変わらずうなだれていた。
燃え尽きて白くなった炭のようにしおれている。
「受け入れがたいですか?」
「ああ……。いや、そのふたりのことではない。今後の里のことが心配なのだ」
アルヒーゴは一瞬だけ顔を上げてベントを見た。
それから視線を下ろし、続きを語る。
「我が長耳族の里は小さく弱い。その自覚はあったが、今回のことでいっそう思い知らされた。長耳族の歴史はあとどれくらい続くのだろうかと憂いているのだ。里外の者の来訪を受け入れる以上、侵略者や無法者に対する警戒も難易度が増す」
今回の一件、アルヒーゴはベントの手を煩わせた最大の要因である。
だが、彼は彼なりに自分たちの種族と里を守ろうと懸命だっただけのこと。
むしろよくここまで里の未来を背負っていたものだと感心すらする。
アルヒーゴを見下ろすベントの顔は、自然と優しくほころんでいた。
「アルヒーゴさん、この里はもう私の縄張りです。もし里に手を出す不届き者が現れたら、そのときは私に言いなさい。侵略者は私が容赦なく撃滅します。たとえ相手がウィルド王国だろうとね」
アルヒーゴが顔を上げ、それからゆっくりと立ち上がった。
そしてベントの前に手を差し出す。
「ああ、そのときは頼むよ。……頼みます」
アルヒーゴと握手を交わしたベントは、思い立ってアムールトラの方へと駆けた。
エルフの民やホーリスたちが視線を向けるなか、ベントはアムールトラの正面に立ち、その口に両腕を突っ込んだ。
「よいしょっと」
ベントは腕を引いて、アムールトラの太く大きい舌をズルズルっと引き抜いた。
根元付近には大きなボタンが付いている。
その光景を見た者たちはみんなギョッとしていたが、もちろんアムールトラの舌はロボットの一部品でしかないので、唾液や血液が生々しくしたたっているわけではない。
ベントはそれをアルヒーゴの前まで運んでくると、新里長であるディーアを手招きして呼び寄せた。
「あなた方にはこれを差し上げます。もし里が凶獣に襲われて困ったら、ここのボタンを押してください。1回押せば、凶獣たちは退散してしばらくは寄りつかなくなるはずです」
そう言ってベントは手本とばかりにボタンを押した。
「ガオオオオオオオオオオオンッ!」
けたたましい咆哮がケリーオ山に轟いた。




