第85話 獰猛な光明①(アルチェSide)
「広場に集まれぇえええ!」
里長の号令で、戦っていたエルフたちは広場中央の噴水周りに集まった。
アルチェ、ディーア、ホーリスも里長とともに駆けた。
噴水を背にして円状に陣形を組むと、追いかけてきた凶獣ドギーたちもそれを取り囲むように円形に並んだ。
そのうしろを数匹の凶獣コンダがはい回っている。
「う、嘘でしょ……」
アルチェの前方で物陰から2頭の凶獣ティゲルが姿を現した。
別の場所には3頭の凶獣リノセロも姿を見せた。
また、5頭の凶獣ベアルがあちこちからのそのそと歩み出てきた。
さっき里に響いた声からして、まだ多くの大型凶獣が里の外に控えている。
ただでさえ曇天だというのに、分厚い雲が流れ込んできて夜のように暗い。
ここはアルチェの故郷だが、まるで知らない土地のようだった。
里長がエルフの民たちを見回し、さらなる号令をかける。
「剣は分散して弓を守れ! 弓は凶獣ドギーから近づかれるまえに攻撃!」
その声に反応したかのように、凶獣ドギーも遠吠えを響かせて走りだした。
中央広場に矢が飛びかい、それをくぐり抜けてきた凶獣ドギーとエルフの剣がぶつかる。
ほかの凶獣たちは品定めするように距離を保ったまま様子をうかがっている。
まるで連携しているかのようだった。
本来、凶獣が別種族と連携することはないとされているが、それぞれの行動原理がカチリとはまり、偶然にも結託して動いているような状況になっている。
凶獣ドギーが半数に減った。
エルフの民も数人がケガをして戦闘不能になっている。
「来る!」
ホーリスが剣を向けた先にいたのは凶獣リノセロだった。
うしろ足で地面をかき、突進準備に入っている。
ホーリスが前に出ようとしたが、里長がお構いなしに叫んだ。
「リノセロが突っ込んでくるぞ! 弓はリノセロを狙え!」
「よせ!」
少し離れた位置から数本の矢が凶獣リノセロへ飛んだ。
矢は分厚くて硬い皮膚に弾かれた。
凶獣リノセロはホーリスに角先を向けていたが、矢の飛んできた方向に向き直って走りだした。
「わあああっ!」
「きゃあああっ!」
凶獣リノセロがエルフたちを角に引っ掛けて跳ね上げたり、重量のある巨体で跳ね飛ばしたりしている。
凶獣ドギーも巻き添えをくらっていた。
ホーリスが凶獣リノセロを追いかけようと走りだしたとき、アルチェは彼女を狙う凶獣コンダの存在に気づいた。
「ホーリス、危ない!」
アルチェが叫びながら弓を引き絞るが、間に合わない。
ホーリスは凶獣リノセロに気を取られて反応が遅れていた。
「はあっ!」
ディーアが凶獣コンダの首を斬り飛ばした。
牙がホーリスの喉元に到達する直前だった。
「ディーア、助かった」
言ってすぐ、ホーリスの視線がディーアのうしろに向いた。
そこには凶獣ベアルがいた。
ホーリスはディーアを突き飛ばし、横薙ぎの強烈な爪を剣で受ける。
「うっ!」
ホーリスはふっとばされた。
正面から飛んでくる彼女を抱きとめるアルチェだったが、その勢いを止められずに地面を転がった。
「すまない。大丈夫か?」
「うん。なんとか」
手短に安否を確認すると、凶獣ドギーを剣と弓で威嚇しながら囲まれないよう噴水前に戻った。
「里長殿、これは無理だ。みんなを里外に逃がそう!」
ホーリスが進言すると、里長はにらむように見下ろした。
「我ら長耳族は里を捨てるくらいなら里とともに死ぬ。里に侵入しておいて巻き込まれたなどと抜かすなよ」
この状況にあっても里長はホーリスを里への侵入者として見ていた。
アルチェはホーリスの顔を見ることができなかった。
ホーリスに対する申し訳なさと里長に対する怒りが凶獣への恐怖と混ざり合い、思考と感情がぐちゃぐちゃになった。
ホーリスは静かにアルチェの横に戻ると、正面を向いて剣を構えた。
頭の中を整理できていないアルチェだったが、何も言わずにはいられなかった。
「ホーリス……ごめんね、巻き込んじゃって。あなたはこんな所で死んでいい人じゃないのに……」
アルチェが恐る恐るホーリスの顔を見ると、そこにいつもの凛々しさはなかった。
まるで親の死に目にでも遭ったかのような力の抜けた顔をしていた。
「いや、ボクこそすまない。ボクの力が及ばないばっかりに、キミとキミの故郷を守れない。悔しいよ……」
彼女が責めたのは自分自身だった。
大切な友であり、王国中の憧れでもある剣聖ホーリス。
彼女はアルチェが思うよりもずっとまっすぐだった。
「ああ、あああ……」
アルチェの心は後悔で塗り潰された。
本当なら掟に従ってホーリスには里外で戦ってもらうべきだった。
アルチェにはエルフとしてそうする責任があった。
しかし、掟を知らないホーリスに甘えてしまった。
このままだと自分が巻き込んだせいでホーリスを死なせてしまう。
こんな薄情でちっぽけな里のために……。
甘えるんじゃなかった。
里内に来てもらうべきじゃなかった。
ホーリスだけは死なせたくない。
でも、もう、それは夢となり果てた。
ほおを伝う熱が心を焼く。
悔しさに締めつけられて胸の奥が痛い。
苦しい。
息ができない。
「アルチェ……?」
涙が邪魔で前が見えない。
もう戦えない。
もう戦えるコンディションではない。
アルチェは弓手を下ろした。
「ごめん。ごめんなさい……」
アルチェは自責の念に殺されそうだった。
もう訳がわからない。
逃げ出したい。
凶獣たちではなく、ホーリスの前から逃げ出したい。
アルチェの心は完全に折れてしまった。
「アルチェ、大丈夫か? ボクがどうにか活路を開く。キミは逃げろ」
自分よりも逃げてほしい人がアルチェの前に出た。
その向こうでは凶獣ドギーが下がり、大型凶獣たちが前に出てきた。
凶獣リノセロが場をかき乱し、状況が変わった。
「師匠、さすがにもう無理です。すみません。私が助けを求めたばっかりに」
ディーアも目を赤くしていた。
剣を握る手が震えている。
「謝るな、ふたりとも。友と運命をともにできるなら本望だ。ボクは関わることもできずに友の死を知らされるなんてごめんだ」
「ホーリス……」
「師匠……」
アルチェは声をあげて泣き、ディーアは目を閉じてほおに光の筋を作った。
ホーリスは力なくほほえんだ。
凶獣ティゲル、凶獣ベアルがジリジリとにじり寄ってきている。
凶獣リノセロが突進の予備動作に入った。
――ピピッ、ザザザーッ。
そのとき、アルチェの首元から電子音がした。
「アルチェさん、聞こえますか?」




