第112話 決闘後の手続き
決闘日は決着がつくとすぐに解散した。
翌日、ホーリスの移籍手続きに立ち会うため、ベントはグイルを連れ立ってピオニールのギルドホームへとやってきた。
「こんにちはー」
今日のピオニールはほとんどの人が出払っていてホーム内は閑散としていた。
それでもやはり彼女がいるだけでピオニールの存在感は際立っていた。
カクテルグラスを逆円錐形に満たした真っ赤な液体を一気に飲み干すと、彼女の肉食獣のような鋭い眼光がベントたちを捉えた。
「待っていたよ」
セルフィートは奥の部屋からホーリスを呼んできて、受付カウンターの内側へと入った。
「ギルド・ピオニールからギルド・プログレスへ。ホーリスの移籍手続きを開始する」
ホーリスが勇士証明書を差し出し、セルフィートがそれを機械に差し込んでカタカタと打ち込む。
しばらくすると機械から勇士証明書が吐き出されたので、それをセルフィートがホーリスに手渡した。
「こちらでの手続きは完了した。あとはプログレスでの手続きになる」
セルフィートがプログレスのマスターであるグイルを見たので、グイルはうなずいてみせた。
「了解した。あとの手続きは引き取る」
「これから世話になる。よろしく頼むよ」
ホーリスが手を差し出し、グイルがうなずきながら握り返す。
「おう、よろしくな」
それからホーリスはベントにも手を差し出した。
「よろしく」
「よろしくお願いします」
ベントとも握手を交わしたホーリスは、荷物を取ってくると言ってホームの奥へと戻っていった。
それを見送ったセルフィートが視線をベントに向けた。
「ベント殿、ひとつ尋ねたい。決闘で最後に使ったエアバイクの変形鎧や複数のAIレーザーのことだが、なぜ最初から使わなかった? それを使われていたら、私はその時点で降参するしかなかった」
「AIに情報を与えて学習させるためですよ。セルフィートさんはランク1stの勇士ですから、身体能力と戦闘技術、ともに申し分ありません。そもそも半分はそれが目的で決闘を申し込んだのです」
決闘ではベントが防戦一方になる場面もあったが、それもすべてはAIにセルフィートの情報を学習させるためだったのだ。
ランク1stの勇士を相手にすれば、人間が可能な動きのほぼ限界を見ることができる。
AIに人間を学習させるにあたって、これほど有益な情報サンプルはない。
セルフィートはポーカーフェイスを維持しようと努めているようだったが、苦笑がそこはかとなく漏れ出ていた。
「データを取るためと言うが、最初から決闘するつもりだったのか? しかし、ピオニールの内情は知らないはず。なぜ私がホーリスの移籍を拒むと予想できた?」
「セルフィートさんと決闘することになったのは、単なるなりゆきですよ。ホーリスさんを勧誘して、断られたらホーリスさん本人に決闘を挑むつもりでした。断られなかったら、移籍後に戦闘データを取らせてもらえばいいだけです」
セルフィートは作っていた表情を崩し、肩を落とした。
「なんということだ。私はリベールに高額投資までしてベント殿の対策をしていたというのに、ベント殿はなりゆきで私と戦ってホーリスも戦闘データもせしめていったというわけか。情けない。ランク1stが聞いて呆れる」
荷物を持って戻ってきたホーリスがセルフィートの様子を見て目を見張っている。
彼女が肩を落として自分を卑下することなど、普段の姿からは考えられないのだろう。
「セルフィートさん、ランク1stであろうと敗北を恥じないでください。私と同郷なのに軽くあしらわれたリベール先輩も自分を恥じなければならなくなりますから」
「あいつは私の心持ちに関係なく己を恥ずべきだ」
瞬間、背筋が伸びてキリッとした表情に戻った。
セルフィートは自分にも他人にも厳しい人らしいが、それとは関係なく、あのときのリベールの行動は誰からも責められて然るべきものだった。
他人の武器を奪っていきなりベントに斬りかかったのだ。
ひとりで勝手に敗北したこと以上に、その性根こそ恥ずべきものである。
だがベントはククッと笑った。
それを見たセルフィートが眉をひそめた。
険悪な空気になることを危惧したのか、グイルがベントを小声でたしなめる。
「ベント殿、こらえられなかったのなら仕方ないが、あんまり他人が責められるのを笑うものじゃないぞ」
ベントは首を振る。首を横に振りながらなおも笑う。
ベントは笑いが治まってから真意を説明した。
「私はリベール先輩のことは好きなんですよ。だって、誰よりも人間らしさを持っていますから」
「人間らしさ?」
この場にいる一同が首をひねった。
ベントはククッと笑いの搾りカスを吐き出してから、いつもの真顔に戻って説明を続けた。
「みなさんは道徳的、倫理的に潔癖でいらっしゃる。しかし、リベール先輩は己の欲望のために策を弄し、ときには感情を抑えきれずに暴走する。そういった人間の愚かさや醜さをちゃんと見せてくれるところが好きなんです。誰よりも素直だとは思いませんか? もちろん、親交を深めたくはありませんがね」
それを聞いたセルフィート、ホーリス、グイルの3人は、口を閉じたまま互いに顔を見合わせた。
そののち口を開いたのはセルフィートだった。
「すまないが、私にはよくわからない。私がベント殿と対等な人間などと思うのは、もしかしたらおこがましいのかもしれないな」
残りのふたりは何も言わなかった。




