第104話 ヘッドハンティング②
「ちょっと待ってよ。なんでプログレスなんかに行くんだよ、ホーリス」
その声をあげたのはリベールだった。
勢いよく椅子から立ち上がり、ツカツカとホーリスのそばまでやってきた。
「リベール、どうした?」
「どうした、じゃないよ! プログレスなんて全ギルドの中でも最弱のギルドじゃないか。フレダムならまだわかるよ。あそこはエルフの里と同じ辺境伯領だし、小ギルドの中では最大だし。よりにもよって頭のおかしいサイコパス科学者のいる最弱ギルドに行かなくたっていいじゃないか」
憤慨するリベールに対し、ホーリスは冷気のこもった視線を返した。
「リベール、他人やよそのギルドのことを悪く言うものじゃないよ。そもそもキミは偶然ピオニールに所属しているだけで、他人を見下せる立場にはないはずだ」
薄く開いたリベールの口がピクピクと震える。
しかし口はすぐに引き結ばれた。
細められた両目がジロリとベントに向いた。
その視線には明確な嫌悪が乗っていた。
「ベント……」
リベールがホーリスの隣を通り抜け、ベントの正面へと歩み出る。そのとき、シャリンと音がした。
「死ねぇええええええええええ!」
リベールはホーリスの剣を抜いていた。
その剣を振り上げ、鬼気迫る表情のもと、ためらいのない動きで振り下ろす。
リベールがこんな凶行に及ぼうとは、さすがのベントも予想していなかった。
すぐ近くにいたホーリスやディーアも反応できていない。
少し距離のあるウォルグやセルフィートも同様。
ベントは動かない。
ただリベールの蛮行を見つめる。
表情ひとつ変えずに。
カツッと音がして、剣が床に弾かれた。
リベールの振り下ろした剣はベントから逸れて床を打っていた。
「な、なにっ?」
ベントは動いていない。
リベールはつんのめってこけそうになるが、体勢を立て直すと、今度は真横から薙ぎ払うように剣を振った。
「わっ!」
剣はベントに近づくと軌道を変えて垂直に上がった。
リベールは剣に振り回されて仰向けに倒れた。
ベントは屈み、うめくリベールと視線を合わせた。
「リベール先輩、その剣では私は斬れませんよ。反発スプレーをかけてあるので」
反発スプレー。
それは通称で、正式名称はスプレー式強制反発マグネタイザーである。
スプレーをかけた物は磁力を帯びて強制反発磁石を持つ者に決して当たらなくなる。
以前、エアバイク改の製造工場でひと悶着あったとき、ベントがホーリスの剣に反発スプレーをかけていたのだ。
「ああ、あれはそういうことだったのか」
剣の持ち主であるホーリスもいま初めて知ることとなった。
リベールがいなければ永遠に知らないままだったかもしれない。
「くそっ、ベント、貴様ぁあああ!」
リベールが唸りながらベントのネクタイをつかんでグイッと引っ張った。
だがすぐに手放した。
「いっ! いってぇ……。血!? 手が……切れてる!」
「このネクタイは形状記憶ネクタイといって、体温に反応して剣になるんですよ。刃の部分を触ると危ないですよ」
リベールはうっすらと目に涙を浮かべていた。
切った右手をかばいながらのっそり起き上がると、ホーム奥の部屋へと駆け込んでいった。
珍妙な事態に呆然とするピオニールの一同だったが、気を取り直したホーリスがベントに頭を下げた。
「ベント殿、すまない。ボクが油断して剣を盗られたばかりに、ベント殿を危険にさらしてしまった」
「いえ、悪いのはリベール先輩ですから」
「そうですよ! 師匠は悪くありません。まったく、とんでもないやつですね、あいつは。あとでお灸を据える必要がありますね!」
ディーアが目を吊り上げ、握りしめた両手をぶんぶんと振っている。
ベントはリベールを気の毒に思った。
たったいま大恥をかいたというのに、追い打ちの責めはさぞかしつらかろう。
「そんなことより、ホーリスさんの移籍の話に戻りましょう」
「ベント殿、あなたという人は……」
ベントの切り替えの早さには、ホーリスをはじめとしたランク1stの勇士たちでさえ苦笑を浮かべるのだった。




