第103話 ヘッドハンティング①
「ごめんくださーい」
そう言ってピオニールのギルドホームに入ったとき、他人の機微に無頓着なベントでもただならぬ雰囲気を感じ取った。
「すみません、取り込み中でしたか?」
毛を逆立てたウェアウルフの巨漢、ウォルグ・エフカイン。
それから、勇士にしては小柄な赤髪の少女、ホーリス・ウォルド。
対峙するふたりの醸し出す空気は、隙を見せた者から焼き殺しそうだった。
そのふたりが同時にベントへと視線を移した。
「……よお、ベントじゃねえか」
先に反応したのはウォルグだった。
牙を剥き出しにしていた彼は、ベントを見つけるや、まとっていた熱をじんわりと放出した。
「どうも」
ベントがウォルグからホーリスに視線を移すと、彼女も険しい顔を崩し、苦笑を浮かべた。
「ベント殿……。見苦しいところを見せてしまったね。ピオニールに何か用かい?」
ベントにとって、このふたりがにらみ合う状況に遭遇するのは2度目である。
前回は邪魔をするなと邪険にされたが、今回は違う。
ベントは遠慮なく本題に入ることにした。
「ええ、まあ。ピオニールというか、ホーリスさんに用があって来ました。ホーリスさん、うちのギルド、プログレスに移籍してもらえませんか?」
「えっ?」
ベントの言葉にホーリスが固まった。
ホーリス含め、そこにいるピオニールの5人全員が目を見開いて固まっている。
しばしの沈黙が場を覆ったが、そこで最初に口を開いたのはウォルグだった。
「いいじゃねえか。ピオニールの戦力は過剰って言っている当人に引き抜きの打診が来たんだ。断る理由はねえはずだ」
ウォルグがホーリスの背中をバシンと叩き、ホーリスは3歩ほど前に押し出された。
ベントとホーリスの距離が、さっきまでのウォルグとホーリスの距離になった。
ホーリスは気まずそうにうつむいて視線を逸らした。
「ベント殿、お誘いは嬉しいけれど、弟子のディーアを残しては行けない。すまない……」
「ディーアさんがよければ、ふたり一緒に来ていただいても構いませんが」
ベントとホーリスの視線が同時にディーアに向く。
追随するように、ウォルグ、セルフィート、リベールの視線もディーアに注がれる。
「え、あ、あの、私は……」
ディーアは視線を右往左往させて戸惑いの色を見せたが、拳を握るとホーリスの目をまっすぐに見つめ返した。
「私は、プログレスには行きません。でも、師匠は己の望む道に進んでください」
「だけど、ディーア……」
ディーアを想い、ゆらめくホーリスの瞳。
しかしその瞳の先にあるのは、エルフの強き眼差しだった。
「師匠、私、里に帰ります。私、ずっと考えていたんです。半端な気持ちでエルフの里長の座にいちゃいけないって。このまま里長を続けるのか、誰かに引き継ぐのか、それを決めるためにも、いまは現里長としての役目を果たすべきだと思うんです」
そう言い切ると、ディーアは柔らかくほほえんだ。
それから「里長がずっと里を離れているわけにはいかないですから」と付け足した。
「わかった。じゃあボクは快くベント殿のお誘いを受け入れようと思う」
ディーアの微笑がホーリスにも伝染し、柔らかな視線がベントへと向けられた。
しかしベントは無表情である。
ベントはまだ目的を達成できたと考えていない。
この場にはまだホーリスの移籍を歓迎していない目がある。




