第102話 埋まらない溝②(リベールSide)
ウォルグがドンと足を踏み鳴らして声を荒げる。
「話が通じねえなぁ! 仮におまえがエルフの里を担当したのが妥当だったとしても、お礼にエアバイク改をもらってんのはおかしいだろうが。みんな見返りなしに国を守ってんだぞ」
「エアバイク改はエルフの里を助けに行ったお礼ではないよ。ベント殿が友人を助けてくれたお礼にと個人的にくれたものだ。スタンピードと結び付けないでくれ」
「だぁ、かぁ、らぁ! それはみんながスタンピードの対応をしていた間のことだろうが!」
ふたりともお互いに相手の言葉が響く様子はない。
口論はこのまま平行線をたどっていつまでも続きそうだ。
空気に慣れてきたリベールがのんきにそんなことを考えていると、突然の飛び火をくらうことになった。
「おい、リベール! おまえはどう思うんだよ。頭のいいおまえなら、どっちの言い分が正しいかわかるよな!」
「えっ!? えっと、えっと……」
思考が止まり、息まで止まった。
真っ白になるリベールの視界に、艶やかな赤が飛び込んできた。
「ウォルグ、無関係の者を巻き込むな。リベールにキミの圧は酷だ」
赤の向こう側の狼頭が向きを戻した。
リベールの全身は一瞬にして汗でびっしょりになった。
ウォルグはリベールの様子を気に留めることもなく、標的を最初に戻した。
「じゃあディーアだ。おまえに確認する。おまえがホーリスに里への救援を求めたわけだが、それはピオニールの戦力が過剰だからそうしたのか、個人的に故郷を救いたかったからそうしたのか、どっちなんだ?」
萎縮するディーア。
そんな彼女の前にふたたびホーリスが立って、ウォルグの鋭い視線を受けとめた。
「ディーアはボクの弟子だ。ディーアに文句があるならボクを通してくれ。ランク2ndだろうと格下の勇士を威圧すべきではない」
ウォルグは牙を食いしばり、隙間から熱そうな蒸気を吐き出している。
「おまえらふたり、ギルドに迷惑をかけた自覚をしろ。せめて恐縮した態度を示せ。それすらできないのなら、おまえらはピオニールにふさわしくない。特にホーリス、弟子だろうが何だろうが、ランク1stという影響力のある立場にありながら特定の人物に肩入れしすぎるな」
「それはキミがディーアを執拗に責めるからだ。ランク1stとしての立場をわきまえるべきはキミも同じじゃないか」
ギルドホーム内はいつの間にか4人だけになっていた。
その4人とは、ウォルグ、ホーリス、ディーア、そしてリベールである。
そのことにいまさら気づいたリベールは、注意不足だった自分を呪った。もっと早くに退散しておくべきだった。
いまは目立つので動きにくい。
だが、そんな状況に一条の光が差し込むかのごとく、奥の扉が開く音がした。
誰かが入ってくる。
リベールはどさくさに紛れて奥に避難しようと考えた。
「師匠、気持ちは嬉しいけれど、これ以上はあなたの立場がなくなってしまう。もう私なんかをかばわないでください」
健気にもホーリスを気遣うディーア。
そんな彼女と自分との差に胸が苦しくなりながらも、リベールは立ち上がった。
さいわいリベールに視線を向けている者はいない。
注目されているホーリスもディーアを見つめている。
「ディーア、ボクは自分の判断を何ひとつ後悔していないし、誰かに非難されるいわれもない。弟子を見捨てるくらいならピオニールを追放されたほうがマシだ」
奥の扉から入ってきたのはセルフィートだった。
彼女とすれ違う勇気はないので、リベールはそっと椅子に腰を戻した。
「追放だと? 聞き捨てならないな。誰が誰を追放するって?」
セルフィートの視線がウォルグ、ホーリス、ディーアとたどったあと、リベールで止まった。
それはおそらく、リベールがもっとも客観視できる立ち位置にいると判断されて説明を求められているのだ。
「え、あ、えっと……ウォルグさんが、ホーリスを、です……」
そう答えた瞬間、音圧の強い野太い声が飛んできた。
「はあ!? 俺がいつそんなこと言ったよ!」
全員の視線がリベールに集まる。
たしかに言っていなかったかもしれない。
リベールは凍りつく。
ストレスがオーバーフローする。
食道と胃袋と腸が裏返って爆発しそうな気分になり、吐き気をもよおす。
しかし、タイミングよくこの状況を打破してくれたのは、あまりにも意外な人物だった。
ギルドホームの玄関扉が開いた。
「ごめんくださーい」
聞き馴染みのある声。
その声に対して、リベールに感謝の念は微塵もない。
あいつさえいなければ、いまこんな状況にはなっていなかった。
あいつさえいなければ、ウォルグやセルフィートに開発のプレッシャーをかけられることもなかった。
あいつさえいなければ、そもそも自分がこの国に追放されることもなかった。
リベールにとってのすべての元凶。
さっき凍った心を恨みと憎しみの炎が溶かし、そして焼き尽くした。




