外伝 紫苑 試合に負けて、勝負に勝つ?
ワタシと金星は今、自動販売機の前にいる。周囲にひと気がないと確認したため、金星に話しかけた。
「待って」
「ん?何だ?」
「どうして、ワタシについて、何も聞いてこないの?」
「聞いたら教えてくれるのか?」
「教えないけど…………」
「なら、そういうことだ」
「不公平だとは思わないの?ワタシは金星がRの関係者だって知っているのに、どうして、ワタシのことをそんなに信用できるの?『クモちゃん』がワタシの体内にあるから?」
「それもあるが、『クモちゃん』は絶対ではない。盗聴器がついているわけでもないからな」
「なら」
「俺は紫苑を信用している。ただ、それだけだ」
「そっそう…………」
その真剣な眼差しに少し、ドキッっと心臓が跳ねた気がしたけれど、すぐに鳴りを潜めた。
「紫苑が話したくなった時でいい。行くぞ」
「うっうん」
その後、すぐに真希ちゃんに勝負を挑まれた。
どうやら、ワタシと金星がドリンクを買うだけなのに、帰りが遅かったから会話の内容が気になるらしい。適当にごまかそうかとも思ったけれど、結局、勝負を受ける形になってしまった。けど、どうせやるなら条件をつけることにした。私が勝ったら金星を一日貸してもらう、という条件だ。
作戦はこうだ。適当に映画館にでも連れて行って、「熱が出たから今日は休むー」と言って途中で抜け出し、チケットがもったいないからと夏菜に行ってもらう。
そして、金星と夏菜を二人きりにさせて、デートを楽しんでもらう計画!
いやーこれは我ながら完璧な作戦でしょ!そう思いながらも、なぜか胸の奥にほんの少しだけ胸騒ぎがしていた。でも、きっと気のせいだろう。
勝負が始まって、ワタシはクロールで25mを泳ぎ切った。後は折り返し…………と思ったその時、足に痛みが生じ始めてきた。それは徐々に痛みを増し、気づいた。
『足をつった……!?』
しかも、両足同時にだ。焦りとともに、ワタシの体は徐々に動きを失い、水中に沈んでいった。
『何してるの、ワタシ……!こんなのどうってことない……はずなのに……』
身動きがとれない。
『空気が……苦しい……』
その時だった。突然、何か柔らかいものが唇に触れ、同時に新鮮な空気が送り込まれてきた。
『えっ……?』
驚いて少し目を開けると、ぼんやりとした視界の中に見覚えのある顔があった。
『金星……?』
次の瞬間、強い腕に支えられ、ワタシは水面へと引き上げられていった。
「ぶはっ……はぁ……はぁ……えっ……金星……?」
目の前にいる金星が、濡れた髪をかき上げながら私をじっと見つめていた。
「よかった。なかなか顔を出してこないから心配で潜ったが、無事で何よりだ」
金星の言葉に、ようやく自分が助けられたのだと理解した。けれど、その一方で胸がざわつく感覚が消えない。
『さっき……口移しで空気を……』
その記憶が頭を駆け巡り、ワタシは思わず顔を赤くして視線をそらす。
「え、えっと……ありがとう……助けてくれて……」
「いや、当然のことをしただけだ」
金星はそう言いながら、「夏菜ー」っと声を出した。
『なんで……こんなに胸がドキドキしてるの……?』
濡れた自分の髪を気にするふりをして、ワタシはそっと顔を隠した。心の中で、どうにもならない動揺を必死に抑え…………た………




