第55話 女心
「真希!」
少し大きめの声で呼ぶと、彼女はガラスに張り付いたまま固まり、ゆっくりと振り返った。
「あ、兄さん……なんでそこにいるの?」
「いや、待ち合わせ時間だから来ただけだが……何してるんだ?」
真希は一瞬視線を泳がせると、慌ててガラスから離れた。
「べ、別に?普通に待ってただけだし!」
「普通に……?今の動きのどこがだ」
俺が指摘すると、真希は顔を赤くしながらムキになって言い返す。
「身だしなみ整えてただけでしょ!悪い?」
「いや、別に悪いとは言わないが……周りの人、全員見てたぞ」
その言葉に、真希はぎょっとして周囲を見回した。確かに、数人の視線がこちらに向いている。
「う、嘘でしょ……!兄さんのせいでしょ!声かけるから!」
「俺のせいなのか?」
「もういいから行こう!」
真希は俺の腕を掴み、半ば引きずるようにモールの中へ入っていった。
人混みが多く、賑やかな音楽と喧騒が耳に響く。
「さてと、まずは服を見に行こう!」
真希は勢いよく宣言すると、さっそく目的地らしき方向へ歩き出す。
「行く店は決まっているのか?」
俺が少し遅れて歩きながら尋ねると、彼女は振り返りざまに言った。
「んー、あそこの新しい服屋さん!オシャレって評判なんだって!」
買い物好きなのは知っていたが、今日も相変わらず全力だ。
このショッピングモールは、地上3階建ての大規模な施設で、各階には衣料品店や雑貨屋、レストランなどが立ち並んでいる。開業直後ということもあって、館内はどこも人で溢れかえっていた。
真希の目当ての店はどうやら2階にあるらしい。彼女は人混みの中をスイスイと進み、エスカレーターを登って店に着く。
真希は軽快な足取りでエスカレーターに向かうが、俺は少し距離を置いて後を追う。
2階にたどり着くと、真希が立ち止まり、周囲を見渡していた。
すると彼女が指を指した。その先には、モールの中央に位置するガラス張りの店舗だった。店内は若者向けの服が並び、カラフルな照明が照らしている。真希は目を輝かせながら店に駆け込んだ。
「お兄ちゃん、これどう思う?」
店内に入るなり、真希はさっそく服を選び始める。彼女が取り出したのは、白のワンピースだった。
「似合うんじゃないか?」
適当に返事をすると、真希は不満げに眉をひそめた。
「もっと真剣に見てよ!」
「真剣にも何も、お前は可愛いんだから、どんな服を着たとしても似合うだろ」
俺がそう言うと、真希は一瞬驚いたような表情を浮かべた後、わずかに頬を赤らめた。
「そ、そういうことじゃなくて!………兄さんに可愛いって見られるのは……いいんだけど、それだけじゃなくて!」
真希は顔を隠すようにしてワンピースを掲げた。
「もういい!ピンとこないなら、これじゃなくて他のにするから」
真希は俺に服を渡し、足音を大きく立てて、奥へと入っていった。
この店に着いてから1時間が経過していた。
真希はまだ、服を決めかねており、椅子に座っている俺に次々と服を持ってくる。
「これは?」
「良いと思うぞ」
「これは?」
「さっきよりも清楚感が増したな。いいんじゃないか?」
「これは?」
「そうだな……。その色はお前の肌の色にすごく合うと思う。淡いブルーは清潔感があって、優しさも感じさせる。それに、このワンピースのデザインはシンプルだけど、胸元にある控えめなレースの装飾がアクセントになっていて上品だ。丈もちょうどいいから、普段使いでも、ちょっとした特別な場所でも着られるんじゃないか?」
「その感想は少し、きもいかも」
どうしろというんだ。短く説明しても、長くてもダメなら何を望んでいるだか、俺には理解できん。
「それは、少し傷つくぞ………それと、真希」
俺は視線を下にしながら、真希と強めに発音する。
「分かってるよ、兄さん。私たちを見てる人がいるね」




