外伝 紫苑 「私」と「ワタシ」
ワタシは『普通の男』が嫌いだ。
母親と私に暴力を振るった『普通の男』、つまり父親と同じ匂いがする男性が苦手だ。
どんなに人前で優しく見えても、その分だけ裏の顔が大きく、その裏をどこかで発散していることを、ワタシは知っている。紫苑の代わりに覚えているからだ。
私がまだ7歳の頃、母親は自殺した。そして、父親は借金の返済のために私と弟の翔を『I』へ引き渡した。
その後、ワタシと翔は厳しい訓練を受け、『I』の兵器として育てられた。
ワタシの名前はシオン。紫苑のもう一つの人格。
朝6時から18時までは私(紫苑)の時間。そして18時からはワタシ(シオン)の時間だ。
父親が仕事から帰ってきて暴力を振るっていたのは、いつも18時ごろ。その時間が訪れるたびに私は恐怖と苦痛に耐えられなくなり、ついにワタシという新しい人格を生み出した。
私はワタシを生み出すと同時に、辛い記憶をすべて手放した。
その記憶はワタシが引き継ぎ、過去の痛みも悲しみも、ワタシの中に鮮明に刻まれた。この時から、時間になると自然に二つの人格が入れ替わるようになったのだ。
入れ替わりの際には、記憶の継承が行われる。
私はワタシが行動している間の出来事をまったく覚えていない。けれど、ワタシは私の記憶をすべて引き継いでいるのだ。
だから、私が昼間にした約束、つまり颯太と会う約束を守らなければならなかった。
合宿2日目の夜、裏庭での出来事
「臭い」
目の前にいる颯太っていう男に呼ばれてワタシは今、裏庭にいる。
ワタシが告白を断ると、颯太は一歩、近づいてくる。
他の人には理解してもらえたことがないけれど、確かに匂ってくる。
『普通の男』の匂いが………
「近づかないで!」
思わず、殺気を出してしまい、颯太は半歩後ろに下がる。すると、千明と駿斗が姿を現した。二人もここで待ち合わせをしていたようだ。
千明は駿斗にプールを誘うためだけに呼んだらしい。千明がこの場を去ったので
ワタシも後ろについていく。
どうやら、千明は走っていったらしく、もう姿は見えなかった。
「相変わらず早いねぇ~うぅぅぅーん、はぁ~。やっぱり男臭くない空気は最高ですな。それにしても、これが最後の合宿の空気かぁ~。すぅぅぅぅーはぁ~。結局、大半は私の時間だし、仕方ないけれど………」
時間は平等に与えられてはいるけれど、数字だけ。結局、この体のために早く寝ないといけないからだ。どんなに任務が忙しくても、夜の2時までには寝ている。だから、ワタシの活動時間は実質8時間しかないのだ。
そう思っていた………
夏休み 図書室
「あれ?何で、ワタシなの?」
目覚めた時刻は7時。ワタシは私と入れ替わらなかった。
理由は分からない。けれど、ワタシはこの時間にこうして、体を自由に動かせている。
「どうしたんだろう………」
ワタシは不安になりながら、その日を迎えた。
この時間に、駿斗と夏菜と会話は実質初めてだったため、少し緊張していたが、
金星が来てから場の雰囲気が変わり、夏菜がおどおどし始めた。
ワタシは心の中でこう思った。
『なんて、かわいい生物なんだ………』と
夏菜はとぼけているが、明らかに金星を異性として見ている。合宿の際に恋バナをした時はうまく、はぐらかされたが、目の前の光景を見て確信した。
『これは応援せねば………』
そう思っていた矢先に、プールの誘いがあった。
けれど、これは『千明が二人きりで行きたいやつだよね』と思いながらも、一応、夏菜に確認を取ってみた。すると、夏菜は金星の方に向き、さらに確認を取る。
数秒間、考えていたが、すぐに行くと返事をした金星を見て、夏菜も絶対に行くと答えた。
それを見て思わず笑ってしまった。このままいけば面白いものが見れるかもしれないと。気づけば、ワタシはこの時間の入れ替わりを楽しんでいた。




