第52話 夏休み(裏)
夏休み前日の夜。
「やぁ……やめ、アガァ!」
俺はターゲットに止めを刺した。
絶命を確認し、静かに息を整える。すぐにポケットから携帯を取り出し、真希に電話をかけた。
「そっちは終わったか?」
「うん。今……グァッ!……終わったよ」
「よくやった。それと、さっき父さんから話があった。後で訓練場に来い、だそうだ」
「えぇ~……はぁ……分かりました、とお伝えください」
「あぁ、伝えておく」
電話を切り、俺たちはそれぞれ任務完了の報告を終えた後、家の地下にある訓練場へと向かった。
訓練場に到着すると、父と真希がすでに素手での訓練を始めていた。
「遅い」
父の低い声が響く。目の前では、真希が必死に父の攻撃を受け流そうとしていた。
この訓練はシンプルなルールに基づいている。武器の使用は一切禁止。相手を戦闘不能にするか、気絶させれば勝利となる。ただし、殺さない限り、どんな攻撃も許されている。
だが、父の動きから放たれる殺気は、本当に命を奪いにきているかのように感じる。
「クッ……ハァァ!」
真希が反撃を試みるも、父はまったく動じない。
「その程度か」
父は静かに言い放つ。その言葉には圧倒的な威圧感が込められており、真希をさらに追い詰める。
父の最大の強みは、その強靭な肉体だ。筋肉はまるで金属の鎧のように硬く、並大抵の攻撃ではびくともしない。
一方で、真希の戦闘スタイルは素早い動きで敵を攪乱し、多様な道具を駆使して敵の弱点を的確に仕留めるというもの。だが、この訓練では武器の使用が禁じられている上、限られたスペースの中での戦闘となるため、彼女の長所はほとんど活かせない。
状況的に見て、真希が圧倒的に不利だ。それでも彼女は、歯を食いしばって父に立ち向かい続ける。
この訓練は甘くない。命の奪い合いが日常の中では、どんな状況に遭遇しても対応できなければ命を落とすのは自分だ。どんなに不利でも、言い訳は通用しない。実戦では、言い訳をしている暇などないし、弱点を抱えたままでいれば、いずれその代償を支払うことになるのだ。
真希自身も自覚している。彼女の戦闘スタイルは道具への依存が強く、こういった素手での対人戦は苦手だ。それが露呈したのが二郎との戦闘だった。あの時、真希は敗北し、その理由を悔しがっていた。
「まだぁ!」
「浅い!」
首を掴まれた真希は地面に叩きつけられ、続けざまに腹部へ強烈な一撃を受けた。
「ぐっ……」
それでも真希は父の腕を掴み、起き上がろうと試みたが、力尽きて地面に崩れ落ちた。
「ま……だぁ……」
「今日はここまでだ」
父は動けなくなった真希を見て判断し、彼女の腕を離す。
「確かに強くなっている。だが、お前は二郎に負けたそうだな」
「………はい」
「倉庫内での戦闘なら、お前の長所を存分に発揮できたはずだ。それでも負けたということを恥じろ。この鍛錬で短所を埋めるか、長所を極めるか、自分で決めろ。それ次第では……」
「両方………頑張ります!」
真希の目には、確かな信念が宿っていた。
「口では何とでも言える。結果で示せ。精進しろ」
「は……い」
「さて、次はお前だ、金星」
「はい」
俺と父は2時間に渡る長い戦闘が続いた。
「今日はここまで。やはり、お前との戦いはじり貧だ。切りがない」
「そうですね」
「監視の任務はどうだ」
「今のところおりません」
「そうか。分かった。真希を起こせ、夕飯にする」
「分かりました」
俺はこの時、二つの嘘を父についた。
次の日、図書室で勉強をした。
………
目の前には紫苑がいる………
一見、普通の女子に見える………だが………
俺はペンを動かしながら、決意を固める。




