第51話 夏休み(表)
林間合宿が終わり、数日が経った。そして、俺たちは夏休みに突入した。
夏休み期間中、学校内への立ち入りは基本的に禁止されている。しかし、図書室だけは例外で、月曜日と火曜日の二日間だけは、利用が許可されている。
今日は夏休み初日。部活を終えた俺は、汗を軽く拭きながら図書室へ向かった。
「よぉ、来たな!」
図書室の扉を開けると、駿斗、紫苑、夏菜の3人がすでに席について待っていた。
彼らとは今日、一緒に課題をやる約束をしていたのだ。
昨日の夜、突然誘いの連絡が来たときは驚いたが、宿題を早めに終わらせるのに越したことはない。習い事が夜に控えているとはいえ、誘いを断る理由も特になかった。
「あんまり大声は出さないほうが……って、俺たちしかいないのか」
図書室を見渡してみるが、広い部屋の中に俺たち四人以外の姿は見当たらない。
少し安心しながら3人の方へ向かうと、駿斗の隣に紫苑、その前に夏菜が座っている。この配置からすると、俺は自然と夏菜の隣に座ることになりそうだ。
だが……少し気まずい。
ちらりと夏菜に目をやると、彼女は両腕を机の上に置き、顔を伏せている。猫背になった姿勢のせいで表情がうまく見えない。俺のことをどう思っているのかもわからないが、嫌われている可能性が高いのは確かだ。
『本当に座っていいのか……?』
心の中で自問しながら、ゆっくりと椅子を引き、腰を下ろした。
夏菜は特に何も言わなかった。彼女の無反応に少し安堵しつつ、そのまま座ることにした。
「さぁて、宿題をやりますか」
駿斗の言葉をきっかけに、俺たちはそれぞれ夏休みの課題に取りかかった。
……
静かな図書室の中、黙々と筆を動かす時間が過ぎていく。時計を見ると、始めてからおよそ30分が経過していた。
「……あ、あの!」
突然、夏菜が大きな声を上げた。驚いて手を止め、ゆっくりと彼女の方を向く。
「ここ、分かんなくて……」
夏菜は少し顔を赤らめながら、そっと数学のノートを俺の方へ差し出した。その動作は緊張しているのか慎重で、「スーッ」と音が聞こえそうなほど静かだった。
「ああ、そこか」
目の前に駿斗がいるのに、なぜ俺に渡してくるのか。ますます意味がわからない。
紫苑に関してはなんとなく予想がつく。男の匂いがしない駿斗に誘われて、特に断る理由もなかったのだろう。気軽に応じたというところだ。加えて、夏菜の付き合いという側面もあるのかもしれない。
だが、夏菜の行動だけは謎だ。
今日の誘いに乗ったのも、駿斗との距離を縮めるためだと思っていた。しかし、ここで俺に質問をしてくるとは。これでは本末転倒だ。せっかくの機会を自ら逃しているように見える。
ラーメン屋の件で、千明が好きな人、つまり駿斗を目の前にしたとき、驚くほど緊張していたことを思い出す。もしかして、夏菜も同じ状況なのだろうか?
そう考えながら、俺は夏菜に近づき、ノートを指差して教えようとした。
「ここは……」
俺が説明を始めようとしたそのとき、夏菜は咄嗟に体をずらして距離を取ろうとした。しかし、その勢いで椅子がぐらつき、今にも倒れそうになる。
「おい!」
反射的に右腕を伸ばし、夏菜の肩を掴んで引き寄せた。結果的に、彼女を抱き寄せる形になったが、それは一瞬のことだった。
「おい、大丈夫か?」
夏菜は数秒間、驚いたように俺の顔をじっと見つめていたが、次の瞬間、顔を真っ赤にして椅子から立ち上がった。
「わ、私……トイレ行ってくるーーーー!!!」
そう叫ぶと、彼女は慌てて図書室の出口へと向かって走っていった。その後ろ姿を見送りながら、俺はなんとも言えない気まずさを感じていた。
「ふふっ、面白いね。ねぇ、駿斗」
「ははは、確かにな」
紫苑と駿斗は、一部始終を見ていたらしく、笑いながらこっちを見ている。
「いや、別に面白いところなんてなかったと思うが……」
「いやいや、面白かっただろ。なぁ、紫苑」
「うん。めちゃくちゃ面白かった」
「……どこがだ?」
俺が納得いかない様子で尋ねると、2人は顔を見合わせ、さらに笑いを堪えきれない様子で肩を揺らしていた。
俺には彼らの感覚がまったく理解できなかった。
「それはなぁ~」
駿斗が笑いを引きずりながら、意味ありげに言葉を濁す。
「金星が気づかないとダメなんだよね」
紫苑が楽しそうに付け加えるが、何のことかさっぱりだ。
「そ、そうか……」
訳が分からないまま、俺は曖昧に返事をして話を終わらせることにした。
数分後、夏菜が戻ってきた。顔にはまだ少し赤みが残っているが、何事もなかったかのように席に着く。俺たちはそれぞれ宿題に集中し始め、再び静かな時間が流れ出した。




