第46話 裏庭(裏) 順調だった
人はそれぞれ癖を持つ。
いくら身体能力をアームドで強化しようと、どんなに素早くても、関節を自由自在に操ろうと、人間に変わりはない以上、何かしらの攻撃パターンが存在する。
「もう傷だらけじゃない!」
昨日、俺はこのターゲットと約2時間の戦闘を繰り返した。
確かに、こいつを目で追うことは不可能だ。
………しかし、攻撃を受けた箇所を記憶することはできる………
軟体動物のように関節を自在に曲げ、予測不能な動きで攻撃してくる。
そのため、他のターゲットに比べて攻撃パターンが多い。結果として、多くの時間を消費する羽目になった。
「そのままだと死んじゃうわよー」
アームドを使用されることは想定内だった。
だが、警戒していたのは、2時間の戦闘で見つけた癖を上回るような新たな攻撃パターンを追加されることだった。もしそれが現実となれば、俺はこの女の攻撃をただ食らい続け、いずれ倒れる運命だっただろう。
しかし、実際に追加されたパターンはごくわずかだった。
彼女はその圧倒的な速さで攻撃を繰り出し、錯覚で新しい攻撃をしているように見せかけているに過ぎない。だが、俺の体はしっかりと覚えている。
昨日の戦闘で受けた衝撃、その痛みの一つ一つが、彼女の動きとパターンを鮮明に記録しているのだ。
彼女の攻撃は絶えず続いている。
俺は体を低く構え、両腕を顔の前で交差させ、ひたすら攻撃を耐え続けていた。
膝をつき、頭を垂れる。
その姿を見て、彼女は間違いなくこう考えるはずだ。彼は「もう動けない」と。
「何?諦めちゃったぁー。なら、そのまま死になさい!」
俺は刀を使わない。
理由は3つ。
・実践に持ってくるにはまだ、練習不足な点があった。
・ここは森の中、周囲は草木に覆われ刀が振りにくい。
そして、最大の理由は。
こいつは刀を振るに値しない敵ということ。
「なっ!!!」
膝をついたその瞬間、彼女は勝利を確信したのか、勢いよく頭部に向かって踵落としを繰り出してきた。
だが、その刹那、俺は右手を伸ばし、彼女の足首を確実に捉えた。
ターゲットと戦闘を始めてから15分。
「時間だ」
掴んだ彼女の足を離さず、俺は自分の体を軸にして、彼女ごと振り回し始めた。
足に力を集中させ、遠心力を利用し、回転を徐々に加速させる。
「なっ、離しなさいっ!」
彼女が必死にもがき、バランスを取ろうとするが、その試みは無駄に終わる。
俺はそのまま彼女を上に放り投げた。
「えええぇぇぇぇーーー!」
彼女は身体を回転させながら、木々の高さを越えて空中へ舞い上がった。
その瞬間、遠くから鋭い銃声が響く。
パンッ
空中で彼女の足に命中した弾丸が血しぶきを散らす。
彼女の体は急速に落ち始めた。
俺はタイミングを計り、右腕に全ての力を注ぎ、彼女の腹に目掛けて、拳を放った。
「アガッ!」
俺の拳は彼女の腹にめり込んだ。
そして、そのまま地面に向かって彼女を叩きつけ、仰向けになった彼女の足を踏みつけた。
痛み苦しむ彼女の声は森の中を駆け巡った。
「どうじでぇ……」
彼女は、何が起きたのかを理解できない様子でこちらを睨みつけている。
「悪いな。俺も時間がないんだ」
冷たく言い放つ。
彼女は必死に体を起こそうとするが、狙撃によって負傷した足がそれを許さない。それに俺が抑えている。動けるはずがない。
背中に隠していたナイフを引き抜き、その鋭い刃が光を反射する。
彼女の目に恐怖が浮かんだ。
「ま、待ってぇ、はなじが……」
そう叫びながらも、彼女の声には震えが混じっている。
俺は迷うことなくナイフを振り下ろし、心臓を正確に貫いた。
「ア、ガ……」
彼女の目が驚愕に見開かれたまま、次第にその光を失っていく。
ターゲットが完全に動かなくなったことを確認し、俺は静かにナイフを引き抜いた。
『任務完了』
さて、後は遺体を目に回収してもらうことと、アームドを手に入れることだな。
そう考えていると電話がかかってきた。俺はすぐに応答する。
「やったか?」
「あぁ」
「さすがだな。っていうか、本当に時間ぴったりに女がスコープに映って怖かったぞ」
良太に伝えた作戦は単純なものだった。
メールを送信してから15分後、俺のGPS位置の真上の木上にターゲットが現れる。その時、良太にターゲットを撃ってもらうというものだった。
俺はターゲットと対面し、会話を交わした。その間に、良太へメールを送ることができた。
時間を計りながら戦闘を続け、計画通りにターゲットを適切なタイミングで捕らえることに成功した。作戦に従って行動し、結果として計画は首尾よく遂行された。
彼女は確かに強かった。あの速さは脅威でもあった。
しかし、軟体動物に近い体ということは、防御力が皆無ということ。
足を撃たれれば当然、立つことは不可能。
それに、あの高さから降下し、俺の拳を食らった。防御力がない分、ダメージは計り知れないだろう。
始めは、もちろん刀を使うことも考えたが、逃げられたら面倒だ。
時間がない以上、一発で確実に仕留める。
俺が、そう考えただけだ。
「よく撃ち抜いてくれた。おかげで助かった」
「作戦を聞いた時は疑ったが、実際に目にしたら何も言えんな」
「報酬は……」
その言葉を言い終わる前に、全身が危険を察知した。
背後……いや、全方位から圧倒的な殺気が押し寄せてくるような感覚に突然襲われたのだ。
「……なんだ?」
思わず声が漏れた。
足元の地面が微かに震えている。次第にその振動は強くなり、周囲の木々がざわめき始めた。
「すまない。後でかけ直す」
「おっおい!」
俺は通信を切り、その場に立ち尽くしたまま振り返ると、視界の奥から黒い影がゆっくりとこちらに歩み寄ってくるのが見えた。
一歩一歩、踏みしめるたびに響く足音。まるで全ての空間を支配するかのような存在感を持っている。
『誰だ……お前は……』
「困りますねぇ〜こうもあっさり倒されてしまうと、手間が増えるではありませんか」




