第45話 裏庭(表) この場にいない者の策
生徒たちは全員、入浴を終え、それぞれ自由時間を過ごしていた。
そんな中、これから5人の者が裏庭という一つの場所に集まろうとしていた。
時刻は9時20分。誰よりも早くその場所に到着していたのは颯太だった。
「紫苑……前からお前のことが……気になっていて……だから、俺と付き合ってみないか?」
颯太は誰もいない裏庭で、小さな声で告白の練習をしていた。
昼間、彼は金星のアドバイス通りに紫苑の個人チャットを登録し、メッセージを送った。
『今夜の自由時間、裏庭で待っています』
数分後、既読がつき、返信も来たが、金星の指示通り、それには応答せず、電話にも出ずに紫苑との直接的な接触を避け続けたのだった。
「よし!これで行く……いや、もう少し、この部分を変えたほうがいいか……?分からない!はぁ~緊張するぜ~。それにしても、あいつの言う通りにしたけど、本当に紫苑はここに来るんだろうな?」
ここにはいない金星に向かってため息をつきながら、颯太は小言をつぶやいた
「何かあったら『俺が対応する』ってかっこつけて言ってたけどよ~。正直、あいつのことあんまり信用してねぇんだよな~。いつも一人だし、なんか暗いしよ。これで紫苑が来なかったら、あいつとはもう関わらねぇ。絶対だ」
そう思いながらも緊張で汗ばんだ手を拭っていると、どこからか足音が聞こえてきた。
颯太は咄嗟に息を呑み、耳を澄ませる。数秒後、暗闇から姿を現したのは紫苑だった。
颯太はその瞬間、目を見開き、心の中で叫ぶ。
『金星、マジで神ですわ!もう、一生ついていきます!!!』
さっきまでの不満をあっさり帳消しにするかのように、彼は目を輝かせながら、ここにはいない金星に向かって両手を合わせ、感謝を捧げた。
「よぉ~紫苑。夜遅くに悪いな」
彼はなるべく平静を装いながら、自然な口調で声をかけた。
その言葉に対して、紫苑は無言。何も返事を返さずただ、颯太を見ていた。
「あぁあの~」
「はぁ……悪いと思うなら最初から呼ばないで。」
紫苑の予想以上に辛辣な言葉に、颯太は思わず後ずさりしそうになる。
それでも、彼女を見続けてきた颯太は彼女の魅力を知っている。だからこそ、今夜、関係を少しでも近づけたくて、金星の作戦に乗り、こうして彼女を呼び出したのだ。
全ては自分の思いを伝えるために。
「俺……前からお前のこと……」
颯太は紫苑に向けて想いを言葉に乗せて伝え始めた。
紫苑はその言葉を聞き、少し驚いたような表情を浮かべる。
数秒間、沈黙が続いた。
そして、紫苑は静かに口を開く。
「無理」
たった一言だった。
颯太は彼女への想いを細やかに語っていた。彼女のどんなところに惹かれ、気になり、自然と異性として見てしまうようになったのか、その過程を事細かに。
紫苑が辛口な性格であることは知っていた。だが、それでも、たった一言で片付けられるほどに彼女の心には響かなかったのだろうか。
「理由を聞いてもいいか?」
だからこそ気になる。彼女がなぜ、自分を振ったのかと。勇気を振り絞り声に出した。
「あなたからは男の匂いがする」
「男子の匂い?………意味がわからん。それが断る理由なのか?」
「そう」
「俺が嫌いなら、そう言ってくれ」
「あなただけじゃない。男が嫌いなの」
「じゃあ、駿斗はどうなんだ?」
「彼は別」
「つまり、駿斗が好きだから俺の告白は断るってことか?それはそうと………」
「違う」
「じゃあ、金星が好きなのか?」
「彼も別」
「本当のことを話してくれ。あいつらも俺と同じ男だろ?」
紫苑は沈黙したまま、視線を逸らす。
「答えてくれ」
颯太は一歩、紫苑に近づこうとした。
「近づかないで!」
紫苑は突然、大きな声で叫び、両手を前に突き出した。
「それ以上近づいたら……」
「紫苑?」
颯太が一瞬戸惑う中、暗闇から別の足音が聞こえてきた。姿を現したのは千明だった。
「千明……なんで?」
「それはこっちのセリフ……」
千明が眉をひそめて答えると、さらに別の声が聞こえた。
「あれ?紫苑と……それに颯太も。何してるんだ、こんなところで?」
現れたのは隼人だった。
こうして、この場に4人が揃った。
颯太は紫苑に告白し、振られたばかり。
千明はこれから隼人に告白しようとしている。
4人が同じ時間、同じ場所に集まるという奇妙な状況が生まれていた。
二日目の夜、入浴後の短い自由時間。
そんな中、寮から少し距離のある裏庭に偶然にも4人が集まった。それぞれの理由が絡み合いながらも、この場に顔を合わせている。
再び訪れた沈黙。それを断ち切ったのは隼人だった。
「まぁ、いい。それより千明、話ってなんだ?」
「えっ? あー、えーっと……そう!」
千明はおどおどとしながらも、ここに隼人を呼び出した理由を告げようとする。
「な、夏休み、プール行かない?」
「プール?……」
隼人は、一瞬困惑した表情を浮かべた。まさかこんな時間に呼び出された理由が、ただプールに誘われることだとは思っていなかったのだ。
数秒考えた後、ようやく口を開く。
「あー、いいぞ」
「よっ、よかったぁー! それだけ、それだけ! じゃあ私戻るからー、バイチー!」
千明は安心したような表情を浮かべると、その場から逃げるように走り去ろうとする。
「おっ、おい!」
隼人が慌てて手を伸ばすが、千明はその手を振り切るように早足で立ち去った。
「わ、私も……」
紫苑がその場を離れようと足を踏み出す。その瞬間、颯太が慌てて声をかけた。
「待ってくれ、まだ話は……」
「もう、私に話しかけないでほしい……ごめん」
紫苑は振り返ることなく、静かにそう告げた。その言葉に、颯太は呆然と立ち尽くす。
「そりゃーないぜ……」
颯太は理由もわからないまま紫苑に振られてしまった。
一方、千明も恥ずかしさからか、あるいは別の理由があったのか、隼人に告白することなくその場を去った。理由は本人にしかわからない。
隼人は突如誘われたプールの約束に首をかしげながらも、そのまま立ち尽くしている。
こうして4人全員が、何とも言えないもやもやした気持ちを抱えたまま、その場を後にした。
その原因はただ一つ。
そこに「いるはずのない人」が、そこにいたから。
ただ、それだけ………




