外伝 夏菜 3 モブキャラだと思ったのに
私は惚れられて当然の女だ。周囲の人たちは私を『かわいい』と褒め、近づいてくる。そして、関係を深めようと告白してくる。これがいつもの流れ。私に見惚れない男なんていないと思っていた。だから、駿斗を落とすなんて簡単だと高をくくっていた。
けれど、今日に至るまで彼を惚れさせることができなかった私は、この合宿で決定的な一手を打つつもりだった。作戦を練り、自信満々で挑もうとしていた。
しかし、その計画は思いがけない形で崩れてしまった。
あの女に阻止されたのだ。それどころか、私は命の危機に瀕していたかもしれない。考えただけで背筋が凍る。いきなり襲いかかって眠らせたあの女が、まともな人間であるわけがない。
『もしあの時、助けが来なかったら、私は一体どうなっていたのだろう?』
幸いにも助けは来た。残念ながら駿斗ではなかったけれど。
あの場に現れたのは、モブキャラだと思っていた天野金星だった。
感謝はしている。彼が命の恩人だということも理解している。けれど、それでも悔しかった。中学に上がってから、私に惚れない男子が二人もいる。この事実が私のプライドを深く傷つけた。
『許せない………そう思っていたら、保健室に連れてこられた』
しかし、彼は怪我をしていた。背中に大きな傷を負っていたのだ。昔の傷が再び開いてしまったと言っていたけれど、それでも痛いはずだ。
みんなから話も聞いて確信を得た。
その傷が開いた原因は、坂から落ちた『偽物の私』を助けた時だという。
『偽物の私』とはいえ、助けてくれた。その事実は変わらない。もし、あの時、入れ替わっていなくても、彼はきっと私を助けてくれていただろう。その現実は私の中で揺るぎないものとなっていた。
入れ替わっていようと、入れ替わっていなくても、彼は間違いなく私を助けてくれていたのだ。
湯気の中で自分の頬が赤く染まるのを感じていた。心臓が少しだけ速くなる。
「………なんで、こんな気分になってるんだろう」
こんな気分になるのは生まれて初めてだ。彼の顔を思い出せない。当然だ。私はあの人をモブキャラだと決めつけ、顔をまともに見ることすらしていなかったのだから。
でも………私を抱きかかえたあの時、一瞬だけ見た彼の顔。山の澄んだ空気が夕陽の光を反射し、木々の隙間から漏れる光に照らされたその瞬間、彼の顔が目に焼きついた。
『あれ?………こんなにかっこ………』
ダメダメダメダメダメ!!!!!私は確かに助けてもらったけど、あの時に見た顔をかっこ………かっこかっこかっこかっこって思ったけど!!!!それだけで私が惚れるわけがない!絶対!!!断じて違う!有り得ない!
あ!り!え!な!い!
私は自分の頭を『ぽこぽこ』と叩き、そのあと自分の頬を両手で『パチン』と挟んだ。
『よし!』
気持ちを切り替えた。感謝はする。お礼の品も渡す。それでおしまい!それで十分じゃない!私はこれからも駿斗を落とす作戦を続ける。それだけを考えればいいんだから………
そう思いながら湯船から上がり、タオルで体を拭いた。3人が持ってきてくれた服に着替え、保健室の先生に礼を述べたあと、夕食の場所へ向かった。
………
「何を渡せばいいのかな………」




