第40話 この世界の断片
10時から 12時の間の自由時間、俺は施設内を回って来るといい班と離れた後、ターゲットの捜索に向かった。数分後、反対側を探してもらっていた真希から電話がかかって来た。
「兄さん、私どうすればいい?」
「何かされたのか?」
「何もされていないよ、というか、ターゲットに戦う気がないの」
「どういうことだ?」
「死を受け入れているみたいに、さっきからボーッとしてる。で、さっき言っていたのが、『お前の兄貴を連れて来いって』。それだけ言って何も話してくれなくて」
なぜ、俺のことを知っている?いや、元Rの『命』なら俺のことを知っていても、なんら不思議ではないか。
「ねぇ、私どうすればいい?この人、Rから逃げてきたターゲットで間違いないよね?」
「そのはずだ。しかし………待っていろ。俺がそこに着くまでくれぐれも逃がすなよ」
「分かった」
俺は真希のスマホに付いているGPSを頼りに居場所を特定し、現地へと向かった。
しかし、そこでGPSの信号が途絶えてしまう。
真希に連絡を取ると、その場所にある木箱をどかすと地下へと繋がる通路があるという。
真希によれば、昨日から今日まで手がかりを見つけられず、さらに二郎との戦いのせいで、かなり苛立っていたらしい。
そんな中、近くにあった木箱を蹴った拍子に、偶然通路を見つけたのだそうだ。
俺はその木箱をどかし、地下へと入った。
長い階段を降りていくと、やがて明かりが見え、一つの部屋に辿り着いた。
部屋の中には、椅子に座っているターゲットと、立っている真希の姿があった。
「ようやく来たか」
こいつがRから逃げてきた二人目のターゲット。
名前は織田一善、90歳。Rで『命』の役割を与えられた男であり、組織内では最年長だ。
「俺に何の用だ?」
「はじめに言っておく。わしはここで死ぬつもりじゃ。妻が亡くなったこの場所でのぅ………」
「何を言って………」
「わしは、ある理由で組織を抜け出したんじゃ。あの場所でこき使われて死ぬなんぞ、ごめんじゃ。それでここまで逃げてきた。妻が眠っている、この場所にな」
俺はしばらく黙っていたが、ターゲットが続きを話し始める。
「わしは、わしと妻を無理やり引き裂いたRを許せん。そのせいで、妻の最後も看取れなんだ。だが、わしにはRに逆らう力がなかった。それで、これまで奴隷のように従ってきたんじゃ」
「だが、それでも…わしはRに復讐をしたい。何としてもしたいんじゃ」
「そこで、これからお主らに、わしが知る情報を話す」
「待て。その情報を、初対面の俺たちが信じると思っているのか?」
「そこはお主らを信用するしかないわい。だが、わしは幸運じゃと思うておる。わしが強者と認めている天野が、わしの最後を見届けに来たのだからのぅ」
「俺がこの任務を引き受けなければ、別の者がここに来てお前を殺していただけだ。それでも、お前は話をするつもりだったのか?」
「ある条件を満たしておればの。しかし、わしの元に来たのはその条件を満たして居る、お主の妹。ということは、兄貴も一緒じゃろうと思った。そして、今に至るわけじゃ」
「条件とはなんだ?」
「年齢が24歳未満であることじゃ」
「どういうことだ」
「まぁ聞いてくれ。これから話すことは真実。そして、あわよくばお主が、わしの代わりにRを壊滅させてくれることを願う」
………
「まず、お主の心臓についているその爆弾…それは爆発せん」
………
「驚かんということは、勘付いておったか」
「ああ」
隣にいる真希は驚きを隠せない様子だが、俺は冷静だった。
あの日、力を奪われた際に、この爆弾に不自然な点………希望の兆しを感じていた。
さらに、倉庫での戦いで一郎がRに逆らったにもかかわらず生き延びていた事実が、その可能性を確信へと変えた。そして、Rに深く関わってきた目の前の男の発言が、それを裏付けた。
間違いない。これは俺にとって自由への確かな『希望』だ。
「やはりお主は鋭いのぅ。では、これも知っておるか?」
「何だ?」
「現在、世界中で生きている24歳以上の人間は、全員が洗脳済みだということを………Rが操っていることを………」
俺はそれを聞いて思わず混乱した。洗脳?それは思想や価値観を強制的に変えることだよな?それを24歳以上の人類全員に施しただと?そんなことが本当に可能なのか?
頭の中に次々と疑問が浮かぶ。
隣の真希は俺を見つめ、『本当なの?』と目で問いかけてくる。しかし、俺自身も初めて聞く情報に驚きを隠せなかった。
「その顔を見る限り、知らんかったようじゃの」
「それをどこで知った?お前も洗脳されていたのか?それなら、なぜお前は組織に抗い、ここまで逃げてこれたんだ?」
「この洗脳は解けないよう、Rは一定の周期で洗脳をかけ続けておる。音を使ってな。洗脳にかかっている者は、年に二回必ずその音を聞くよう仕向けられておる。そして、その音を聞くたびに洗脳が更新され、繰り返されていく」
男は少し間を置き、続けた。
「じゃが、この洗脳には一つだけ欠点がある。『慣れ』じゃ。わしはRの中でも最年長で、誰よりもこの音を聞いてきた。耳が徐々に悪くなったこともあって、洗脳の効果が薄れ始めたのが1年前のことじゃ。洗脳に掛かったふりをして、情報を集めたわしは、死ぬまで働かされると知った。死ぬのなら、妻が亡くなったここで死ぬと決めていたわしは、Rの目をかいくぐり、今ここにおる」
「本当か?」
「ここで嘘をつくメリットが、わしにあると思うか?真実じゃ。しかし、年を取って記憶力が乏しくなっておる。覚えているのは、この二つくらいじゃ。メモを残しておったが、洗脳にかかっていたせいで、わしがそれをすべて捨ててしまった可能性がある。」
黙っていた真希が急に話に入り、疑問を投げかけた。
「でも、どうやって全人類を洗脳したの?」
「分からん、本当に分からないのだ。すまん」
男は深く頭を下げた。
「頼む。わしと妻を引き裂いたRを壊滅させてほしい。洗脳に掛かっていないお前たちにしか頼めないことなんじゃ。頼む、頼む」
あり得ないと考えたが、この男が嘘をついているとは思えない。
聞かなければ先に進めなかった情報ではあるがこう思ってしまう。
『聞かなければ良かった』
爆弾がフェイクだと言うとは本当に『希望』だ。
希望を得たんだ・・・。
だが、今聞いた話はその希望をも覆い隠すほどの『絶望』だった。
数秒間沈黙していた俺に、真希は話しかけてきた。
「どうする?兄さん………」
………
「つまり、こういうことだな。Rを敵に回すということは全人類を相手にするのに等しいと」
「そうじゃ」
「俺と真希にそれをしろと」
「そうじゃ!」
「今ここで死ぬお前に嘘を言っても、何の意味もない。だから、正直に言おう。不可能だ」
「くっ」
「お前の言う通りなら、爆弾は偽物であり、俺たちは洗脳されていない。確かにRに抗える存在だろう。しかし、これから洗脳され操られる可能性だってある。それらがなかったとしても、全人類を相手にすることなど到底できない。それはわかるな?」
「分かっておる。じゃが」
「だが………」
俺は拳を握りしめ、頭の中で思い返す。俺がこれまで厳しい鍛錬に耐え、数えきれないほどの人間を殺してきた。中には関係があった者もいる。それらは全て………。
『金星・・・あなたは・・・自由になりなさい』
「分かった」
「!?」
「可能性は1%未満、いやそれ以下だろう。だが、その任務、受け入れた」
「くぅぅぅぅ………ありがとう」
俺らはRの任務を果たし、その場を後にした。




