第34話 林間合宿(裏)5 一対一
「なぁ、そろそろ話さないか?」
「何を?」
「夏菜はどうした?」
俺はあえて、知らないという嘘をつく。
「何言ってるの?私が夏菜だよ?」
「時間がない、手短に行こう。俺は天野金星、Rの矛だ」
すると、彼女の体が一瞬、ビクッと反応した。徐々に薄気味悪い表情に変わり、急に笑い始めた。
「あぁーはっはっはーー!!!じゃあ、このマスクは邪魔なだけね。何でわかったの?すごいねぇ〜あんた」
すると目の前のやつは、夏菜の顔をしたマスクを取った。
黒く長い髪、女性、他人になりすますことが得意、柔らかい細身の体をうまく使い、相手の攻撃を避けながら戦う戦闘スタイル。
本名は鈴木楓。
そう、こいつが大阪から逃げてきた今回のターゲットだ。
探索中、ターゲットを見つけることはできなかった。しかし、坂の下に古びた小屋が目に入った。嫌な予感がした俺は慎重に坂を下り、小屋の扉を開けた。
すると、中には夏菜がいた。
彼女の手首はロープで縛られ、気絶して倒れていた。
幸いなことに外傷は見当たらず、無事であることは確認できた。だが、ここで夏菜を回収すれば、ターゲットが焦り、再び身を隠してしまう可能性が高い。
そのため、夏菜をその場に残し、この短時間でターゲットと二人きりの状況を作り出す必要があった。速やかにターゲットを排除し、夏菜を回収するために。
ターゲットは知るよしもなかっただろう。自分が成り代わった夏菜が、雪と幸子に恨みを持たれていることを。
俺はそれを知っていた。そして、その感情を利用することにした。
結果、ターゲットは突然、雪に背中を押されたのだ。
この状況を作るため、俺は雪と幸子の怒りを巧みに増幅させておいた。二人がいつ行動に出るかは予測できなかったため、その後を追っていた。
雪は単に驚かせるつもりで軽く背中を押しただけだった。しかし、それだけでは坂に落とすには力不足だと判断した俺は、咄嗟に親指で石を弾き、偽夏菜の体に当て、押す勢いを増幅させた。
そして、今に至る。
「まぁ、それは機密事項だ」
俺はスマホを片手で高速操作し、駿斗に『俺と夏菜は無事だ。先に行っていてくれ。後で合流する』とメールを送り、スマホをポケットにしまった。
「あらそう。んで、私を殺しにきた?そうなの?」
「任務のためだ」
「その目、私を追ってきた奴らと同じ目ね。嫌だ嫌だ。気持ち悪い!返り討ちにして、その顔剥ぎ取ってあげる!」
こうして、戦いが幕を開けた。
だが、長い攻防にもかかわらず、決着の兆しはまるで見えない。
俺が幾度となく攻撃を仕掛けても、彼女はすべての攻撃を軽々とかわしてしまう。その原因は、彼女の驚異的な柔軟性にある。
関節という概念が存在しないかのように体を自在に曲げる様子は、脊椎動物というよりも軟体動物に近いとさえ思わせる。普通の人間なら確実に当たるタイミングでも、彼女には通用しない。
それだけではなく、彼女の攻撃は非常に素早い。なんとか防ぐことはできているものの、避けきることは難しく、一撃ずつ確実に圧されていく。唯一の救いは、その攻撃が軽いという点だ。衝撃が大きくないおかげで、まだ耐えられそうではあるが、それもいつまで持つか分からない。
時間だけが無情に過ぎ、戦いは徐々に坂を下るように移動していき、ついには川辺にたどり着いた。
その時、彼女は突然距離を取った。
「はぁ~疲れちゃった~。あなたも気づいてるんでしょ?このまま続けて意味がないって。私も本当はあなたを相手にしている時間はないの。だから、一旦、休戦という形をとらない?」
「断る」
「あら、ヤダ。冷たい男。でも、そういうところ、私の好みでもあるのよね~」
彼女は舌で唇をゆっくりと一周させながら、俺の体をじっくりと見回した。
「でもね、私にもやらなきゃいけないことがあるの。あなたの相手は後回しにしてあげるから、その代わりに教えてくれない?真希って子の居場所を」
その名前を聞いた瞬間、俺は全身に緊張が走った。彼女の狙いが真希だと分かり、拳を強く握りしめる。
「確か、あなたの妹よね?おねがーい!妹さんの居場所、お・し・え・て」
「真希に何をするつもりだ」
「ええぇ~、教えてくれないの~?なら、私も教えない。ただ、これだけは言ってあげる。ある人物から頼まれているのよ。だから時間がないの、ごめんね、坊や」
彼女は謎めいた言葉を残し、俺に背を向けて反対方向へ走り去った。
俺はすぐに追いかけようとしたが、タイミング悪くスマホが着信音を鳴らす。
一瞬そちらに気を取られた隙に、彼女の姿は完全に見えなくなっていた。
スマホの画面を見ると、時刻はすでに16時30分。約二時間も戦い続けていたことに気づき、疲れた息を吐いた。これ以上、ここに滞在していたら怪しまれそうだと思い、着信に応じる。
「お前、大丈夫か?メールも返さないから心配してたんだぞ」
電話をしてきた相手は駿斗だった。
「ああ、平気だ。夏菜は気絶しているが無事。俺は今、夏菜を背負って上がれる道を探していた」
「それならよかった。上がれそうか?」
「大丈夫だ。少し先に階段のようなものを見つけた。それを使って登る。夏菜を背負って行くから、戻るまでに時間がかかりそうだ。悪いが、自然観察には参加できそうにない。先生に伝えてくれるか?」
「分かった。先生には後で事情を説明しておく。班の方は任せろ」
「頼んだ」
通話を終え、俺は本物の夏菜がいる古びた小屋へと全速力で向かった。
小屋に入ると、夏菜をお姫様抱っこの体勢で抱き上げ、そのまま山を駆け上がっていく。




