第31話 林間合宿(表)2 火が消えた
自由時間が終わり、時刻は12時30分。お昼の時間だ。
集合場所に向かうと、生徒たちが既に整列していた。
やがて全員が揃い、現地のスタッフから指示が伝えられた。
「お昼は、私たちが育てた新鮮な野菜を使ってカレーとスープを作ってもらいます。後ろにある石窯を使って調理してくださいね。分からないことがあれば、遠慮なく声をかけてください!」
班ごとに一つの料理を作ることになり、駿斗がリーダーとなって役割分担を進めた。
俺は普段から自炊をしているため、正直言えば、料理を手伝った方が効率よく進むのは分かっていた。
だが、石窯に火をつけるという非日常感に惹かれていた。
それにやることがあることがあったため、つい声を上げてしまった。
「石窯は俺がやるよ。火を扱うのは得意なんだ」
と言った俺に、駿斗は「じゃあ頼んだ」と短く答えた。
他の五人はそれぞれ、野菜の皮むきや具材の切り分け、調味料の計量を担当することになった。
作業が始まると、駿斗が持ち前のリーダーシップを発揮し、みんなに声をかけながらテンポよく進めていく。
「野菜は細かく切りすぎない方がいいかも。煮込むと崩れちゃうから」
アドバイスする駿斗に、班のメンバーは『さすが』と感心した様子で頷いていた。
一方、俺は石窯に向かい、火を起こすのに集中していた。湿った木がなかなか燃えず、最初は火種がうまくつかない。薪を重ねても、煙ばかりが上がり、思うように火がつかない。何度か試した結果、ようやく小さな火が灯り、さらに息を吹きかけて火を大きくする。
最初は手こずったが、何度か試みるうちにようやく火が安定した。
そこからは、火が消えないように注意しつつ、五人の作業が終わるまで俺は火をつけ続けなくてはならない。
薪と新聞紙を回収するために何度も離れた場所へ足を運びながらも、手を止めることなく火の加減を見守った。
煙の匂いとともに、かすかに立ち上る火の温もりが周囲を包む。
「火、いい感じじゃん!」
と駿斗が声をかけてきた。俺は軽く手を振って応えた。
それぞれの役割を黙々とこなすうちに、次第に班の雰囲気がまとまり、作業はスムーズに進んでいった。
作業は無事に終わり、俺たちの机にはおいしそうなカレーとスープが並んでいた。
俺は周囲を見渡した。すると、少し離れた場所に人が大勢集まっていた。
駿斗もそれに気づき、班のメンバーには先に食べていてと伝えた。
俺と駿斗はその場所へと向かった。
到着すると、そこには駿斗と共に学年委員を務める夏菜が泣いており、紫苑が彼女の背中をさすっていた。
その様子を、雪と幸子が腕を組みながら不機嫌そうな表情で見ている。
雪と幸子は、うちのクラスでも女子の中心人物で、休み時間にはいつも大勢の女子と話している。
彼女たちは一組の女子を取りまとめる女王のような存在だ。
そんな二人は常に一緒におり、クラス内での絶大な影響力を発揮している。
同じ班である里香と渚は、どうやら仲裁を試みているようだ。しかし、女王に反論する勇気がないためか、口を開いたり閉じたりを繰り返している。
口を出すとこちらにも火種が飛んでくると分かっているのだろう。正しい判断だ。
周りには他の生徒たちが距離をとりつつ、ひそひそと話している。
どうやら多くの班は、俺たちと同じく、料理が完成しているようだ。
そのため、教師たちは現地のスタッフと打ち合わせをしているのだろうと考えられる。先ほどから姿が見当たらないのは、そのためだ。普段なら周囲を気にしながら監督している教師たちが、今は一向に現れそうにない。
「どうした?」
そんな中駿斗は声をかけた。反応した雪は振り返り、笑顔になった。
「ねぇ駿斗君、ちょっと聞いてよ。私たち、野菜を切ってたんだけど、この二人が火を全然起こしてくれなくてさ、全然作業が進まないの」
雪の声には、明らかに自分たちを正当化しようとする意図が感じられた。
それを聞いた紫苑が黙っていられるはずもなかった。
「雪!幸子!あんたらが、私と夏菜が必死に起こした火を、わざと消したんでしょう!」
紫苑の声には、普段の冷静さとはほど遠い激しい怒りが込められていた。
「はぁ?そんなことするわけないじゃん。証拠でもあるの?」
雪は肩をすくめ、軽薄な笑みを浮かべて言い返す。その挑発的な態度が、紫苑の怒りをさらに煽る。
「そうよ、私たちは何もしてないじゃない」
雪は幸子を味方に引き込み、反論を強化した。
「雪、幸子、落ち着け。まずは事情を整理しよう」
駿斗が冷静に会話を進めようとするが、紫苑は拳をぎゅっと握りしめたまま、怒りを抑えきれずに話を続ける。
「私たちは、あんたたちが火起こしをやりたくないって言ったから、代わりに一生懸命やった。でも、私たちが一瞬、火から目を離しただけで、あれだけ燃えてた火が消えるわけがない!あんたたちが意図的に消したとしか思えない!」
「本当に一生懸命やったんだけど、何回やっても目を離したら火が消えていて、もうどうしたらいいかわからないよ」
夏菜の声は震え、泣きながらうずくまっている。
しかし、雪は顔を強張らせながらも言い返す。
「だから、やってないって何度言ったら分かるの?」
「そんなわけない!」
「私たちじゃなくて、里香と渚が消したとは思わないの!?」
「二人が消すわけないでしょ!」
その時、現場にいなかった駿斗はこれ以上は埒が明かないと間に入り、穏やかな声で提案した。
「とりあえず、この話は一旦やめよう。それよりも、みんなで協力してカレーを作ることを優先しよう。お昼を食べずに空腹のままハイキングなんてしたら、この後、体力切れで全員倒れてしまうぞ」
駿斗の提案は、張り詰めた空気を一瞬緩めた。駿斗の言葉にうなずき、紫苑の肩を軽く叩いて落ち着かせようとした。




