外伝 千明 3 絶望という二文字
周囲は白い壁に覆われ、部屋の中には薄暗い照明、ベッドとテーブル、それに水のようなものが入ったコップが置いてあるだけだった。
そして、私の胸には小さな機械が付けられていた。
私はとっさに自分が連れ去られたと理解し、ここから逃げないと思い、ドアに向かおうとした瞬間、一人の男性が部屋に入ってきた。
「おっ起きたか」
ドアを閉め、逃げ道を塞ぐように胡坐をかいた。
「今日から、お前を『 I 』のための兵器として育てる。俺は山本だ。よろしくなぁ」
話しながら、胸ポケットからたばこを取り出し、手に持っていたライターで火をつけた。
煙が宙に巻き、数秒後に匂いが私の方まで届いてきた。
その間、私は震えが止まらなかった。呼吸するのが苦しく、時々、自分が息をしているのかさえ分からなくなる。男の言葉の意味を考える余裕はなかった。
数分間、男はただ煙草を吸っては吐いてを繰り返した。
急に訳の分からない場所に連れてこられて、体の大きい見知らぬ男が目の前にいる。私はとても怖かった。何をされるか分からない。一刻も早くここから逃げないと。
しかし、出口を目で探したが、周りは壁で覆われていて、出口らしきものはドアしかない。
どうしよう。時間が経ったため、話せるくらいの勇気はある。
私は一か八か会話をすることにした。
「あっあの、ここはどこですか?」
「ん?ここは、んーそうだな、訓練所だ」
「訓練所ってなんですか?」
「お前は今日からここで訓練をして、兵器となってもらう。って言っても、どうせ今までガキと同じだろうから、いつも通りやらせてもらうぞ」
男はたばこを床に擦り付け、その場に捨ててゆっくりと立ちあがった。
「『 I 』とはなんですか?兵器になるってなんですか?」
「今は知らなくていい。そのうち知ることになる。さぁてそろそろ休憩の時間は終わりだな」
話しながらゆっくりと近づき、私の腕を強引に掴んで無理やり引っ張り上げた。
「痛い!何するんですか?」
私はとっさに捕まれていない腕で、片方の腕をつかんで、足で思いっきり踏ん張った。
「無駄だ。諦めろ」
男の言葉は冷たくて重い。けど、私は聞こえないふりをして『助けて!お父さん!』と叫びながら、力を振り絞って手足を動かす。それでも、ビクともしない。ずるずるとドアの外へと運ばれていった。
「お願い、放して!」
男の顔は無表情まま、つまらなそうな顔をして口を開いた。
「あぁ、面倒くせぇ。ガキはどいつもこいつも変りゃしねぇ。だから、この担当は嫌なんだよ。」
そう言いため息をつきながら、掴んでいない方の手で私に指を指し、ドアの目の前で止まった。
「いいか、クソガキ。お前の父親は俺たちに借金して、その金が返せなくなったんだ。その金の代わりに、お前を差し出したってわけだ。つまり、お前はもう俺たちの物だ。分かったか?」
何を言っているのだろうと思った。お父さんが私を捨てたって言うことかな。
嘘だ!こんな知らない人の言うことを信じちゃいけない。
お父さんは優しい、私が一番よくわかってる。毎週どこか連れて行ってくれて、私のために夜遅くまで働いてくれた。そして、毎日のように(愛している)と言ってくれた。
あれ………でも、もうしばらく言われてないかも………。
それに最近話せてもいないし、私の料理を食べてもくれないし、叩かれたし、助けてもくれなかった。
あれ?おかしいな。私の知っているお父さんはどこに行っちゃったんだろう。
本当に私は捨てられたのかな。いや、そんなこと・・・ない。でも、じゃあ、なんで私は今ここにいるんだろう。
男に言われた言葉を始めは信じなかったが、頭の中で考えているうちに、今の状況を考える度に、男の言葉が本当なんだと脳みそが私の意思とは関係なしにそう思わせてくる。
「それと、お前に選択肢はない。お前の胸についている機械は爆弾だ。俺たちに逆らうような行動をしたら爆破させる。って聞いてるか?」
………
『どうしてなの?お父さん。私、せーいっぱい頑張ったよ。ずっと話せてなかったから、自慢したいこと、褒めてほしいことたくさんあるんだ。お母さんがいなくなってから、お部屋の掃除もお風呂の掃除も、トイレの掃除も、洗濯も、ごみの管理も、一人で全部やっているうちに段々慣れてきたんだ。最近だけど料理もできるようになったよ。友達との約束も全部優しく断ったんだ。習い事が忙しいって初めて嘘もついた。嘘をついてでも時間が欲しかったんだ。お料理を一人で二人分作れるようになりたかったから………。お父さんは最近、忙しかったんだよね。私、お父さんがお仕事以外で苦労しないように、やれること全部やったと思うんだ。きっと・・・。お勉強もすごいんだよ、この前、塾に通っている友達が解けなかった問題を解いたんだ………。ねぇなんで私を避けたの?話がしたいよ、ねぇ、何が足りなかったのかな。教えてよ………。言ってくれれば、私なんでもするよ。お母さんはもう帰ってこないけど、私がお母さんも分まで頑張るから、これからも頑張るから………』
………
私、もっと頑張るから、捨てないで………。
いつの間にか、私は体に力が入らなくなり手を放した。
そして、現実逃避をしようと頭が勝手に思い出を振りかえっていた。




