第15話 心の世界(裏)3 後悔
深夜の町は静寂に包まれ、まるで時間が止まったかのようだ。冷たい風が頬を撫で、月明りが薄く照らす道。駅周辺には建物がなく目的の家だけが残されていた。人の気配はない。
防犯カメラも全て組織のものであるため俺は堂々と正面のドアを開けて足を踏み入れた。
家の中はさらに静まっており、ゆっくりと息を整えながら、俺は寝室に向かって歩を進める。扉を開けると、そこには眠りについたおばあさんが静かに横たわっていた。
俺はナイフを静かに取り出し、息をひそめながらおばあさんに近づいていった。
息を止め、できるだけ音を立てないように慎重に足を前に運ぶ。しかし、古い床が軋む音が部屋中に響き渡った。思ったより家が古かったようだ。おばあさんのまぶたが震え、ゆっくりと目を開けた。
彼女はゆっくりと体を起こし、こちらを向いた。俺は一瞬、ナイフを握る手を強く握りしめたが、その手は次第に震え始め、体全体が固まってしまった。
『早く、終わらせなければならない。相手はただの老人だと思えばいい。父の信頼も、この初任務の成功にかかっている』
そう頭では理解できていても、ナイフを握っていた手は震え、その場に固まり行動に移すことができなかった。
おばあさんはナイフを持った俺を見ても、怯えるどころか、ただ静かに優しい目でこちらを見つめていた。ふと笑みを浮かべ、ゆっくりと口を開いた。
「あなた、千明の友達の……名前は忘れてしまったわ、ごめんなさい」
おばあさんの声は少し枯れていたが、あの優しい雰囲気は変わらなかった。
俺は言葉を返せなかった。
『殺せるのだろうか?この手で……』
疑問と罪悪感が頭の中を巡り、体はますます言うことを聞かなくなっていた。
そんな俺を見ながら、少し首を前にかしげながら口を開いた。
「少し身長が伸びたかしら?かっこいいわね……最後に引き取ってくれるのが知っている人で良かったわ。苦しみたくないから、一回でお願いね」
おばあさんは、そう言うと再びベッドで横になった。
……
俺は頭を下げることしかできなかった。
「いいのよ。どうせ長くない人生だもの」
……
「そうね、もう一つあなたにお願い……してもいいかしら」
俺は顔をあげ、おばあさんの顔を見ると、おばあさんもしっかりと俺を見ていた。
「……千明のこと頼むわね」
深く息を吸い、手の中のナイフを見つめた。ここで躊躇すれば、おばあさんは余計に苦しむことになる。そう思い、もう一度深呼吸をしてから、おばあさんに向かって足を進めた。
ナイフを握る手を震え続ける中、心の中で何度も『終わらせるんだ』と自分に言い聞かせた。
俺は目を閉じ、ナイフを彼女の心臓に押し当てた。
おばあさんの最後の言葉が何度も頭の中で反響し、俺はその場に崩れ落ちそうになった。
だが、ここで泣くことは許されない。おばあさんの覚悟を無駄にすることになる。
あの瞬間、俺は彼女の最後の願いに頷くことすらできなかった。
理由は俺にも分からない。どれほど時間が経っても消えることのない後悔だ。
その後、侵入した痕跡を一つ一つ消していった。冷静さを装いながらも、心の中は罪悪感と後悔で満たされていた。
しかし、これらは完璧に処理しなければならない。それが、俺の務めであり、
ルールだ。
すべてを終えた後、俺は報告書を作成し、組織に任務完了の報告を行った。
初めての任務の成功により、俺は次々と任務を任されるようになった。
組織における役割を確実に果たしていったのだ。
小学校に通いながら、俺は友人との遊びを最小限に抑え、夜に様々な任務をこなしていった。
しかし、俺が小学校に通っていたのは『任務の一環』に過ぎない。
それに任務といっても、必ずしも達成しなければならないものではない。
ただの監視だ。
Rが結成されてから数年。すでに何人かのメンバーが殺されている。
Rの本部は東京にあり、その周辺に近づくほど、Rの『目』として役割を与えられた人が多く配置されている。
彼らは街中を徘徊したり、監視カメラで24時間、人々の監視を行っている。
そのため、日本でRに歯向かう者は大体、すぐに見つかるのだ。
実際、何人かは捕ら得られたが、捕まる直前に自殺するか、遠距離から射殺されてきたため、情報を得ることはできていない。
つまり、まだ彼らの素性が掴めていない状況にある。
最近ではそういった動きが減ってきているため、勘部は『反逆者達が行動を起こすのかもしれない』と警戒を強めている。
彼らの年齢幅が分からないためか、俺のような未成年のRの関係者もこうして普通に学校に通うことが許されている。
学校に通う者の監視を続けてきたが、Rに歯向かうどころか、その存在すら知らない一般人ばかりだった。
身体能力も知能も平均的で、怪しい点は何一つ見つからない。
千明を除いては……。
海外から帰ってきた千明と会話した時、『何か違う』と感じたのだ。
確かに、雰囲気、振舞い、仕草、性格、どれも変わらず元気な千明のままだった。
けれど、これまでに何人もの人殺しの顔を見てきた俺は、はっきりと感じた。
……千明の顔が、彼らと同じだった……『人殺しの顔をしている』と。
俺の違和感が正しいかどうか、確かめる必要があった。
監視を始めてから1か月が経ったが、何も異常はない。むしろ、彼女はただの一般人に見える。
本当にそうなのかを確かめるのは簡単だ。力づくで取り押さえ、尋問すればいい。
しかし、それにはリスクがある。
もし彼女がただの一般人なら問題はない。だが、他の組織に育てられ、俺以上の実力者だったら?逆に俺が捕まり、情報を話さざるを得なくなるかもしれない。やりようはいくらでもある。
だからこそ、万が一を考えた。千明が一般人ではない証拠を掴み、かつ、俺が捕まるという最悪のリスクを負わない方法、それを思いついた。
俺は安い殺し屋を雇い、学校にいる千明を襲わせた。
これなら事件に見せかけて、千明が普通の小学生ではないと証明できる。
『さぁ、お前の正体を明かせ、どうする、動け。そして今、お前を殺そうとしている目の前の男を殺せ』
心の中で叫んだが、結局千明は何もせず、俺が身代わりとなった。
男を見て、しっかりと先生たちに取り押さえられたことを確認してから俺は倒れこんだ。
病院のベッドに横たわりながら、俺は千明について再び考えていた。
『あの一瞬、どこかの組織に育てられた人間になら、殺すことができたはずだ。
もし、育てられてあの反応なら、それほど警戒するような連中でないことが分かる。だが、あれが演技だったら有り得るか……いや、やめよう。千明は一般人。それでいいじゃないか。一か月監視し、わざわざ死に追いやるような状況まで作った。それで十分だろう。そもそも、千明は俺の大事な幼馴染であり、おばあさんの最後の言葉もある。その人を疑うなんて今更だが、罰が当たりそうだ』
こうして俺は、千明の監視をやめることにした……




